はじめに
日本に認知症は462万人、認知症予備群は400万人と厚生労働省から報告され、認知症への早期診断・早期治療の必要性、さらに認知症予備群への予防対策の重要性を示唆している。しかし、いまだ確立した早期発見の方法や予防対策はない。そこで、われわれはアルツハイマー型認知症が嗅覚障害から発症することに着目し、嗅覚検査による認知症早期発見と嗅神経をアロマの香りで刺激して認知症の予防ができないか検討した。
アルツハイマー型認知症は嗅覚障害から始まる
認知症を来す疾患は多くあるが、約7割を占めるのはアルツハイマー型認知症である。認知症の代表疾患であるアルツハイマー型認知症の初発症状は記憶障害と言われているが、実際は嗅神経が障害され嗅覚障害が初発症状となる1)。ただ、人は長年嗅覚を必要とする生活をしなくなり嗅覚機能が著しく退化しており嗅覚低下を自覚することが極めて難しい。そこで、嗅覚機能検査キット( OSIT)を用いて嗅覚機能を調べたところ、アルツハイマー型認知症では正常な高齢者に比較して早期から嗅覚機能が低下していることを確認した。病理学的にも、アルツハイマー型認知症の嗅神経にアミロイド β蛋白が蓄積することが報告されている。アルツハイマー型認知症は神経変性疾患であるので、嗅神経が障害されて、次に海馬の神経が障害されるというように系統的に障害されていく。そこで、初期の段階で嗅神経を効果的に刺激し嗅神経の再生を促すことができれば、認知症の予防ができる可能性が考えられる。
アロマセラピーによるアプローチ
嗅神経を安全且つ効果的に刺激する方法はないかと長年模索していたところ、メディカルアロマセラピーという概念を知り、アロマセラピーによって嗅神経を刺激できないかと考えるに至った。従来アロマセラピーというと従来リラクゼーションや趣味の世界のことというイメージであったが、医学に応用されるアロマセラピーということである。フランスなどではメディカルアロマセラピーの歴史は古く、臨床現場でも利用されている。
われわれは、軽度のアルツハイマー型認知症を対象としてアロマセラピーを施行したところ Gottfries―Brane―Steen scale( GBSスケール)で有意な認知機能の改善効果を認めた2)。最も効果のあった精油の組み合わせは、昼用の精油の組み合わせはローズマリー・カンファーとレモンで、夜用精油としては真正ラベンダーとスイートオレンジの組み合わせであった3)。ローズマリー・カンファーが単独では最も効果があり、レモンが2番目であった。当初昼用としてローズマリー・カンファー単独でと考えたが、レモンと組み合わせることにより相乗効果が得られるのではと推測し、両者を併用したところローズマリー・カンファー2対レモン1に配合すると、ローズマリー・カンファー単独より効果があることが分かった。そこで、ローズマリー・カンファーとレモンの組み合わせを昼用として使用することとした。夜用では、真正ラベンダーが単独では最も効果があり、スイートオレンジが2番目であった。当初昼用として真正ラベンダー単独でと考えたが、スイートオレンジと組み合わせることにより相乗効果が得られるのではと推測し、両者を併用したところ真正ラベンダー2対スイートオレンジ1に配合すると、真正ラベンダー単独より効果があることが分かった。そこで、真正ラベンダーとスイートオレンジの組み合わせを夜用として使用することとした。使い方としては、昼用は移動しても精油の香りが届くようにアロマペンダントを使用し、夜用は置型タイプのディフューザーを寝室に置いて使用することを推奨している。
まとめ
アルツハイマー型認知症の早期発見に嗅覚機能検査が有用な可能性がある。
アロマセラピー(昼用としてローズマリー・カンファーとレモンを、夜用として真正ラベンダーとスイートオレンジ)を用いることによりアルツハイマー型認知症の嗅覚機能と認知機能に改善効果を認めた。今後の認知症予防へのアプローチとしてアロマセラピーが有用であることが示唆された。
参考文献
1)浦上克哉 :これでわかる認知症診療.~改訂第2版~. .南江堂 ,東京 ;2012 .
2)木村有希 ,谷口美也子 ,浦上克哉 ,他 :アルツハイマー病患者に対するアロマセラピーの有用性 . Dementia Japan 2005; 19: 77―85.
3) Jimbo D, Kimura Y, Taniguchi M, Inoue M, Urakami K : Effect of aromatherapy on patients with Alzheimer’s disease. Psychogeriatrics 2009 ; 9 : 173―179.
浦上克哉
学歴と職歴
昭和58 年 鳥取大学医学部卒業
昭和63 年 鳥取大学医学部大学院博士課程修了
平成 元 年 鳥取大学医学部脳神経内科・助手
平成 8年 鳥取大学医学部脳神経内科・講師
平成13年 鳥取大学医学部保健学科生体制御学講座環境保健学分野・教授
平成17年 鳥取大学大学院医学系研究科保健学専攻病態解析学・教授(併任)
平成28年 北翔大学・客員教授(併任)
所属学会
日本認知症予防学会(理事長)、日本老年精神医学会(理事)、日本脳血管・認知症学会(理事)、日本神経学会(代議員)、日本老年医学会(代議員)日本認知症学会(代議員)
学会開催
第1回日本認知症予防学会学術集会大会長
第5回日本認知症予防学会学術集会大会長
第9回日本脳血管・認知症学会大会長
特許取得
物忘れ相談プログラム (特許第3515988号)
痴呆症診断装置及び痴呆症診断プログラム (特許第4171832号)
2019/05/11 12:50〜13:40 第8会場