第120回 日本耳鼻咽喉科学会総会・学術講演会

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味覚障害患者の訴える症状は、味覚低下・脱失といった量的味覚異常から、自発性異常味覚や異味症のような質的味覚異常まで多岐にわたり、その原因も多様である。そのため、エビデンスに基づく標準化された治療法は、残念ながら確立されていないのが現状で、耳鼻咽喉科医でも馴染みの薄い分野であると思われる。今回のセミナーでは、味覚障害治療に興味をもっていただけるよう、当院の味覚専門外来で行っている診断から治療までの流れを紹介する。

1.問診
病悩期間、発症機転はもとより、患者本人の主訴(何に困っているか、何が心配なのか)を詳細に尋ねることが重要である。合併症(全身疾患)の有無、それらの治療薬の内容や服用期間も確認する。また、食事の習慣(自炊か、外食か、偏食はないか、孤食かなど)も聴取する。初診時に、自覚症状の程度を VAS( Visual Analogue Scale)を用いて記録しておくと、その後の症状変化の把握に役立つ。

2.視診
舌炎、舌苔、口腔内乾燥などの口腔内の所見を確認する。耳用顕微鏡を用いると、舌乳頭の血流や形態を観察しやすい。また、鼓索神経障害の原因となる真珠腫性中耳炎などの耳疾患や、嗅覚障害の原因となる副鼻腔炎有無も確認する。

3.一般臨床検査
血算・生化学検査、尿一般検査、血糖等測定する。特に、血清微量元素である亜鉛・銅・鉄や亜鉛酵素である血清アルカリホスファターゼ( ALP)、栄養状態の指標となる総蛋白・アルブミン・葉酸などの測定が診断に役立つ。

4.味覚機能検査
現在本邦で保険適応となっている味覚機能検査法は、電気味覚検査と濾紙ディスク検査である。しかしながら、これらの検査を行っている施設は、現状では限られていると言わざるをえない。味覚機能の評価は、患者の訴えている味覚異常について、その程度や治療の必要性を判断するうえで必要であり、簡易的にでも味覚機能検査を行うことが推奨される。

5.心理検査
問診で心因的要素の関連が疑われる場合に、必要となる。当科では、自己評価式抑うつ性尺度( SDS : Self-rating Depression Scale)や状態特性不安検査( STAI : State-Trail Anxiety Inventory-Form)等を利用している。

6.そのほかの検査
嗅覚障害合併例では、アリナミンテストや基準嗅力検査を、真菌感染が疑われるときは舌苔の培養検査を、唾液分泌障害が疑われるときはガムテストを追加する。外傷や中枢性が疑われる際は、画像検査( CT、 MRI)も行う。

7.診断
上記を総合して、原因の推定を行う。厳密な原因分類はないが、亜鉛欠乏性、特発性、薬物性、心因性、口腔疾患性、全身疾患性、医原性、中枢疾患性などが挙げられる。

8.治療
1)亜鉛補充療法特発性および亜鉛欠乏性味覚障害に対して、唯一エビデンスが示されている治療法である。『味覚障害診療の手引き(2006年、池田編)』では、薬物性や全身疾患性味覚障害に対しても、原因薬剤の中止や原疾患の治療に加えて、亜鉛の投与が勧められている。現在、味覚障害に対して保険適応のある薬剤はないが、保険審査上適応外使用が認められているポラプレジンク(プロマック ®︎)や、低亜鉛血症に対して適応が拡大された酢酸亜鉛(ノベルジン®︎)などを使用する。投与期間は、短期間では効果を認めないことが多いため、少なくとも3〜6カ月間は治療を継続する。

2)そのほかの内服薬漢方薬の処方は、亜鉛補充療法で効果が乏しい症例にも対応できることがある。また、抗不安薬(ベンゾジアゼピン系)や抗うつ薬( SNRI、 SSRIなど)、糖尿病性神経障害阻害薬などが、有効な場合もある。
3)栄養指導食事性味覚障害とも言い換えられる、薬剤や全身性疾患の影響が考えられない味覚障害患者(亜鉛欠乏性・特発性・鉄欠乏性味覚障害の一部)の中には、不規則な食生活や偏食、過度なダイエットなど食事の問題を抱える症例も多く、投薬治療に加えて、栄養指導を行う。また、亜鉛補充療法の補助として、亜鉛の吸収を促進させる食品や調理法を紹介したり、亜鉛の吸収を阻害する食品や添加物を避けるよう指導する。

9.フォローアップ・治療効果判定
初診後は約1カ月で受診してもらい、その後は2〜3カ月毎に診察する。血清微量元素の変化や薬物の副作用の確認のため、血液検査を行う。治療効果の判定には、味覚機能検査を施行することが望ましいが、治療前後の自覚症状スコア( VAS)の比較だけでも、ある程度改善の程度を推察することができる。

田中真琴
2002年 日本大学医学部卒業
2002年 日本大学医学部耳鼻咽喉・頭頸部外科学分野 入局
2008年 日本大学医学部耳鼻咽喉・頭頸部外科学分野 助手
2014年 日本大学医学部耳鼻咽喉・頭頸部外科学分野 助教

2019/05/09 13:00〜13:50 第7会場