第120回 日本耳鼻咽喉科学会総会・学術講演会

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はじめに:めまいの治療には大きく分けて薬物治療、薬物治療以外がある。めまい治療の基本が薬物療法であるにもかかわらず、約40年間にわたり新しいめまい治療薬が上市されていない。一方、近年は薬物治療以外の治療法の代表である良性発作性頭位めまい症(以下 BPPV)に対するエプレ法などの頭位治療が普及してきた。しかし、 BPPV以外の治療の手札は増えているとはとても言えない。そこで、今回はめまい治療の最近の話題の一つである平衡リハビリテーション(以下、平衡リハ)について解説する。対象のめまい疾患は下記の1)〜4)である。1)前庭神経炎後遺症やハント症候群後遺症などの一側前庭障害代償不全、2)加齢性めまい、3) Possible BPPV(典型的眼振消失後、しかも繰り返す頭位性めまい)、4)メニエール病。

1)一側前庭障害代償不全の治療としての平衡リハ
一側前庭障害時に、小脳は前庭の左右差改善のために代償機転を起こす。平衡リハは平衡機能回復を目的とした訓練で、運動する時の体のズレを修正する機構(立ち直り障害)を回復させ、代償を促進させる。平衡リハは、目(視刺激)、耳(頭部運動による前庭刺激)、首(頸部の運動)、足の裏(直立、歩行など深部感覚刺激)の反復刺激により、めまいの症状を時間と共に消失させていく。前庭代償の促進を平衡リハで獲得しないと、遷延するめまい、ふらつきと不安で外出は不可能になる。そのまま安静をとり続けていくと確実に慢性めまいとなるため、平衡リハは治療として重要となる。慢性一側前庭障害代償不全治療には平衡リハが有効であるというエビデンスがあり、特に自覚的なめまい感には有効である。平衡リハの施行種類が多すぎてはいけないので、当院で外来指導している座位の訓練を2つ(ゆっくり横、振り返る)ご提示する。

2)加齢性めまいの平衡リハ
高齢者が歩行や立位を維持するためには前庭リハだけでは改善しないことは言うまでない。加齢性めまいは前庭小脳を含めた中枢神経加齢変化に加え、骨、関節、筋肉、神経の衰えなど全身の体平衡機能低下が関係するからである。症状としては、立つ、歩くなどの動作が困難な運動器症候群(ロコモティブシンドローム)の合併を認める。最近、厚労省は要介護の手前の生理的な活動性が著しく低下する前の状態で医師が高齢患者を見極め、改善するように提唱している。この状態をフレイルと呼んでいる。フレイルとは、要介護の手前の状態で1活動性低下、2筋力低下、3歩行速度の低下、4体重減少、5疲れやすいの5項目のうち3項目以上を満たしたものと定義( 2001 Fried等が提唱)されている。この状態に陥ると薬物治療のみでは改善は難しくなる。加齢性めまいにはフレイルが併存し、加齢性の筋萎縮は筋力低下と歩行速度の低下を産む。高齢者のめまいやふらつきを仕方がないという言葉で片づけているうちにサルコペニアが悪化して、まさにフレイルに陥ってしまうことを日々の臨床で散見する。よって、高齢者のふらつきにも症状の早期の段階から平衡リハを導入する価値は高いと考える。その訓練は立位の訓練が重要となる。重力に負けない筋力と平衡機能を維持するためには、前庭リハに加えて、ロコモ体操やフレイル予防の筋力増強と骨量維持、転倒予防の概念を包括した訓練の提唱が必要で、立位平衡リハとロコモ体操を取り入れた平衡リハをご紹介する。

3) Possible BPPVの治療としての平衡リハ
浮遊耳石が原因となる良性発作性頭位めまい症には、一般的な平衡リハよりも、 Epley法などの浮遊耳石置換法の方が早期に症状が改善することは自明である。ところで、2015年の良性発作性頭位めまい症の新診断基準では、繰り返す頭位性めまいを訴えるが、頭位、頭位変換眼振を観察されない、非典型眼振を認める BPPVを Possible BPPVと定義した。この Possible BPPV症例は臨床の場では頻回に遭遇する。このような症例に当院では平衡リハを施行しているので、ご提示する。

4)メニエール病治療に対する平衡リハの可能性
メニエール病はめまい発作を反復するのが特徴で、前庭機能が変動する疾患である。つまり、めまい発作後には迷路機能障害が一定であるとは限らない。メニエール病の聴力変動時期に平衡リハを開始すると、不安定な前庭が刺激され、めまい症状が悪化、遷延することを経験する。しかし、めまい発作が落ち着いているが、その経過で迷路機能が一側または両側低下を認め、慢性めまいを自覚した症例には平衡リハも治療の一助となる。今回はメニエール病への平衡リハの適応とメニエール病の薬物治療の代表イソソルビドの使用についての問題点等を解説する。

まとめ:めまいの原因は多様であるが主な原因である前庭機能障害の回復には小脳の中枢代償が重要な役割を果たしている。この代償は平衡リハによって促進されるので、治療としての平衡リハ普及が進むことを心から期待する。

新井基洋
1989年 北里大学病院耳鼻咽喉科入局
1995年 ニューヨーク マウントサイナイ病院神経生理学短期留学
1996年 横浜赤十字病院耳鼻咽喉科、
2004年 横浜赤十字病院耳鼻咽喉科部長
2005年 横浜市立みなと赤十字病院耳鼻咽喉科部長
2016年 横浜市立みなと赤十字病院めまい平衡神経科部長

2019/05/09 13:00〜13:50 第3会場