声帯自体に直接操作を行う音声外科手術は、全身麻酔下で顕微鏡下に行う喉頭微細手術が一般的である。他方、一部の施設では全身麻酔下の Transoral Videolaryngoscopic Surgery( TOVS)や、局所麻酔下に喉頭内視鏡手術も行われている。最近、欧米では経口的手術として FlexⓇ Robotic System( Raynham, MA)を用いた喉頭手術の報告が行われ、症例の蓄積がなされているが、まだ喉頭微細手術による音声外科手術を凌駕する手術とは言い難い。本セミナーでは、音声外科手術に限った喉頭微細手術の手術手技を主に解説する。
音声外科手術に限った喉頭微細手術の一般的な手術手技は、1)良性隆起性病変の切除術、2)喉頭狭窄や麻痺に対する喉頭形成術、3)声帯内注入術、4)レーザーを用いた Transoral Laser Microsurgery( TLM)である。これらの喉頭微細手術のビデオを用いて、実際の手術手技を供覧する。
1)良性隆起性病変の切除術
良性隆起性病変で手術を行う疾患は声帯ポリープが最も多い。比較的小さいポリープ切除術は横開き鉗子でポリープを切除する手技が一般的である。広基性ポリープの場合には、ポリープ基部の前後にメスで切開を加え、本来の声帯遊離縁内側上部の粘膜上皮まで切開を延長すると過剰な粘膜上皮の切除を予防でき、正常に近い声帯遊離縁を形成することができる。その際、ポリープ下面の粘膜上皮を温存し、ポリープの内容物のみを除去するとよい。ラインケ浮腫(ポリープ様声帯)においては、声帯上面の粘膜上皮を前後に切開し、声帯粘膜固有層浅層に貯留した粘稠な貯留物を横開き鉗子を用いて可及的に除去すればよいが、声帯遊離縁の粘膜上皮を温存することが大切である。声帯嚢胞はマイクロフラップ法により嚢胞壁を露出し、嚢胞の被膜を破らずに摘出するのが望ましい。その際のマイクロフラップは声帯嚢胞の外側で弧状に切開すると嚢胞の剥離操作が行いやすい。声帯嚢胞壁の前端と後端は前後に走行する線維性結合組織と癒着していることが多く、メスや剪刀で線維を切離した方が剥離摘出操作は容易である。被膜を損傷し内容物が流出した場合には、被膜の可及的摘出に努めると嚢胞の再発率は減少する。嚢胞が再発した場合には再摘出は可能であるが、嚢胞の深部で接触している声帯靭帯との癒着を認める場合が少なくない。
2)喉頭横隔膜症に対する喉頭形成術
横隔膜をメスや剪刀で切除した後、シリコン製の癒着防止膜(高研)が市販され、使用されている。しかし、声帯前交連と接触する面のシリコン膜自体の材質が固く、シリコン膜留置中に声帯粘膜上皮を損傷し、術後に声帯瘢痕を形成することがある。その場合には十分な嗄声改善が得られないことがある。そのため、前交連の形成にはシリコン膜より柔らかく、自然な前交連の形態形成に有利なシリコンチューブの前交連留置が望ましい。しかし、チューブの前交連のみの留置では、チューブ留置部位より後部の声帯が癒着した症例を経験した。そのため、シリコンチューブ後端にシリコン膜を付けた新しいステント(久留米大学式)を考案した。㈱高研に設計を依頼し、現在はその実用を待っている。
3)声帯内注入術
全身麻酔下での声帯内注入術は、片側性声帯麻痺や声帯萎縮症例に対して声帯内自家脂肪注入術が広く行われている。脂肪の注入は声帯筋層に行うのが基本であり、注射針の先端内腔を外側に向け、声帯遊離縁に向けて注射を行わない注意が必要である。注射針の先端内腔を内側に向けて注入すると、声帯粘膜固有層に脂肪が注入され、十分な音声改善が得られないか、声帯上皮を損傷し喉頭内腔に脂肪が漏出しかねない。注射針の深すぎる刺入も脂肪が喉頭内腔に漏出する危険があり、声帯が男性より小さい女性では特に注意が必要である。発声時に両側声帯突起間に間隙を認める症例では、声帯軟骨部外側の甲状披裂筋に注入すると披裂軟骨が内転ならびに内方移動し、効果的である。
4) Transoral Laser Microsurgery( TLM)
TLMを行うには、レーザー光線の特性と利点を考えた対象疾患の選択が重要である。レーザー装置で発振したレーザー光をマニピュレーターによって喉頭内に導き、顕微鏡の視野内でレーザー手術を行う TLMでは、ハンドピースを用いた CO2レーザー手術より繊細で緻密な手術操作が可能となる。声帯白板症や早期声門癌に対する type I cordectomyでは、声帯粘膜を声帯粘膜固有層浅層で切除する際のレーザー出力は 2W程度に控え、スーパーパルスモードで切除すると声帯への侵襲は小さく、良好な術後音声が期待できる。
梅野博仁
1988年 久留米大学医学部卒業
1988年 久留米大学医学部耳鼻咽喉科入局
1994年 日本耳鼻咽喉科学会専門医
1995年 医学博士
1998年 久留米大学医学部耳鼻咽喉科講師
2004年 久留米大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科助教授(2007年より准教授)
2014年 久留米大学医学部耳鼻咽喉科教授
2019/05/11 8:00〜9:00 第6会場