耳下腺は頭頸部領域の中でも知覚の鋭敏な耳介に隣接し、整容的要素が強く求められる顔面の側面に位置する。しかし、この部の手術は、他部位の頭頸部手術に比して術後合併症発生率は高く、良性・浅葉の耳下腺腫瘍切除の場合でも、一過性を含めると顔面神経(Ⅶ)麻痺では症例の1〜2割、大耳介神経( great auricular nerve, GAN)麻痺では約9割に達する。また、耳下腺被膜の不適切な処理によりフライ症候群が生じる。そこで今回、耳下腺手術での基本手技と留意点につき述べる。ご参考になれば幸いである。
1.大まかな術前診断と方針
・シェーグレン症候群が基礎疾患にある場合は、悪性リンパ腫も考える。
・血中好酸球値高値で、喘息や好酸球性副鼻腔炎などのアレルギー性疾患がないなら木村氏病を考慮に入れる。
・腫瘍に癒着や疼痛・Ⅶ麻痺、 MRIでの辺縁不整、リンパ節腫脹合併があれば、細胞診が良性でも悪性を念頭に置く。術中迅速病理診断も準備する。
・Ⅶ麻痺、 MRIでの深葉・多発・ターゲットサイン(腫瘍のドーナツ状輪郭)があれば、Ⅶの神経鞘腫を考える。
2.皮切の前に
・顔面神経モニタリング装置設置にあたり、筋弛緩剤は全身麻酔導入時のみとする。
・皮膚切開線は、腫瘍の位置とともに耳介周囲・頸部の皮膚を観察して決定する
・耳垂・下顎角・乳様突起を参考に、 GANと耳垂枝のおよその走行を予想する。
・珠間切痕と下顎角を参考に、Ⅶの走行と腫瘍との位置関係を推定する。
3.GAN同定、被膜温存、皮弁挙上、Ⅶ同定準備
・良性腫瘍では、皮膚切開後ただちに GANを同定・温存しつつ( GAN前枝は切断)、皮弁を挙上する。
・尾側では胸鎖乳突筋前縁と乳様突起外側面を露出する。耳下腺下極の耳下腺皮静脈より前方は、頸枝および下顎縁枝損傷を避けるため、それらの走行が明らかになるまで露出操作をしないでおく。
・頭側では耳珠前面の軟骨を同定・剥離してオリエンテーションをつける。鼓室骨、可能ならさらに茎状突起を触知する。
・耳下腺実質と被膜を、乳様突起・鼓室骨外側面から、小血管に注意しつつ剥離する。
4.Ⅶ同定
・腫瘍を損傷しない程度に開窓器で耳下腺実質(および腫瘍)を前方に圧排しつつ、鼓室乳突裂・切痕を確認する。ここから耳下腺に結合識( temporoparotid fascia)があるので、少しずつ切離していく。茎乳突孔は切痕の 1cm内側にあり、Ⅶ本幹が出て外尾側に立ち上がり耳下腺内に入る。
・茎状突起が明らかな症例では、その尾側約 5mmにⅦ本幹が現れるのでⅦ同定の指標となる。
・ポインター(不明瞭・変形の場合あり)や顎二腹筋後腹頭側端の位置を参考にする。
・顔面神経モニタリング装置は、Ⅶの本幹や分枝において結合識や茎乳突孔動脈を含めた血管と絡んでいる場合の同定や、神経鞘腫の場合、さらに術中のⅦ機能評価に有用と考えている。
5.Ⅶ分枝の露出と腫瘍切除
・多くの場合で耳下腺部分切除術を行っている。腫瘍切除に必要な領域のⅦ分枝を露出し、腫瘍に切り込まないようにしつつ、耳下腺実質を切断する。ワルチン腫瘍の単発例では、原則的にⅦを同定したうえでの核出術を行っている。
・術後Ⅶ麻痺の多くが全麻痺でなく下顎縁枝などの末梢枝麻痺であることを考えると、Ⅶ本幹よりも末梢枝の剥離温存手技の方が合併症を起こしやすいことに留意し、結紮手技・電気メス・バイポーラを使い分けつつ手術を進める。Ⅶ表面の結合織を除去して分枝を見逃さないようにする。Ⅶ分枝の多様性と、腫瘍圧排・癒着による走行変位を念頭に入れつつ腫瘍の切除操作を行う。
6.深葉腫瘍
・術前画像診断で浅葉腫瘍の所見であっても、手術中に深葉と判明する場合がある。この際は、腫瘍をⅦの本幹・分枝から十分に剥離し移動させて切除する。浅葉腫瘍に比し麻痺率は高くなる。
7.フライ症候群予防
・フライ症候群予防のため、耳下腺被膜をできるだけ温存しつつ腫瘍を切除する。被膜同士での縫合のほか、胸鎖乳突筋弁・側頭筋弁等による被膜再建を行う。
8.Ⅶ末梢法(下顎縁枝法など)
・Ⅶを末梢枝から同定剥離していく方法は、腫瘍がⅦ本幹から十分に遠くに存在する場合のほか、Ⅶ本幹での腫瘍癒着・再手術時の硬い結合識の増生、神経鞘腫の症例などで必要となる。
岩井大
1983年 関西医科大学卒業 同大学耳鼻咽喉科入局
1988年 医学博士
1988〜89年 テキサス大学留学
1989〜91年 南フロリダ大学留学
2011年 関西医科大学附属滝井病院(総合医療センター)病院教授
2016年 関西医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科主任教授
2019/05/11 8:00〜9:00 第5会場