第120回 日本耳鼻咽喉科学会総会・学術講演会

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頸部郭清術は頭頸部外科の基本手技であり、かつ予後を規定する頸部リンパ節転移の制御を目指した最も重要な手術である。演者は30年近い頭頸部外科医としての経験を有するが、手技は少しずつ変化してきている。習い始めの頃は、メスは皮膚切開、内頸静脈・頸動脈周囲の郭清に用い、電気メスは軟部組織の切離、深頸筋膜上の剥離に用いた。また、血管処理は絹糸を用いて2カ所結紮した後、その間をハサミで切離した。大血管周囲の郭清方法は現在もあまり変わらないが、メッツェンバウムを用いる場合もあれば、小児用ケリーで剥離して電気メスで切離する場合もある。

近年最も変わったのが、エナジーデバイスの導入であると痛感している。本邦で頭頸部癌手術に用いることが可能なエナジーデバイスは数種類ある。当院ではそれらすべてを使用することが可能な体制であり、それぞれ使用してみたが一長一短がある。実際にどのデバイスを用いるかは、術者の好みで使い分けている。演者が最近好んで使用しているのはエルベ社のバイクランプおよびバイポーラもしくはコヴィディエン社のリガシュア Exactである。その理由はともに先端が細く、形状がケリー鉗子に近く手になじみがいいこと、組織を凝固した後の切離のタイミングを自分で選択できることがあげられる。前者は高周波凝固加算を請求することができないが、良性腫瘍を含めた頭頸部すべての手術に用いることが可能であり、また滅菌再使用が可能であり医療経済的に優れている。

現在、演者は針電極を用いて電気メスで皮膚切開を行い、皮弁挙上は通常電極に変更して電気メスで行う。 level Iを郭清する場合は顔面神経下顎縁枝を同定温存して、先に level Iの処理を済ませる。その後、外頸静脈をエナジーデバイスで処理し、胸鎖乳突筋前縁を電気メスで剥離する。副神経を同定温存後、内頸静脈の前面、後面を鈍的に剥離して安全を確保した後に level IIB領域から郭清を進め、郭清後縁から頸神経の直上の層で上方から下方に、そして後方から前方に電気メスを用いて郭清を行う。鎖骨上の高さで内頸静脈外側の処理を行う。従来であればリンパ漏を起こさないよう慎重に結紮処理していたが、ここもエナジーデバイスで複数回処理して切離することが多い。大血管周囲は迷走神経直上で小児用ケリーを用いて頸動脈鞘を開き、これらの組織がおおよそ切離されたところで、メスないしはメッツェンを用いて郭清を進める。内頸静脈から出ている細い枝も、以前は4
0絹糸で結紮切離していたが、バイポーラで焼灼切離している。最後に前頸筋外側で下方から上方に郭清を進め、肩甲舌骨筋を切離して郭清を終了とする。結果的に出血量は減少し、手術時間は短縮し、患者にとっても医療者にとっても負担は軽減していることを実感している。もはや、エナジーデバイスなしの手術は考えられない。

エナジーデバイスの導入により手術の様相が大きく変わった。しかし、手術の基本は変わらない。解剖を理解し、原発巣ごとのリンパ流を理解し、適切な郭清野を設定する。リンパ節を確実に郭清し、健常組織を温存する。先行止血を常に心がけ、出血のないドライな術野で手術を行うことが安全確実な手術の基本であり、そのような手術を心がければ、自ずと手術時間も短縮する。今後もデバイスの進歩は止まらないだろうし、それは結果的に患者に恩恵をもたらすことになるであろう。われわれ外科医は一つの道具に囚われることなく、メス、ハサミ、電気メス、バイポーラ、エナジーデバイス等、できるだけ多くの引き出しを用意し、それぞれの患者、それぞれのシーンで最適なデバイスを用いて、淀みなく手術を完遂することが重要と考える。特に若い先生は多くの施設、多くの先生の手術を見学して、引き出しを増やすことが必須である。当院での見学も歓迎する。本発表が若き頭頸部外科医の一助となれば望外の喜びである。

朝蔭孝宏
1991年3月 山形大学医学部卒業
1991年5月 東京大学耳鼻咽喉科学教室入局
1994年9月 国立がんセンター東病院頭頸科
   (MDアンダーソン癌センター、スローン・ケタリング癌センター短期留学)
2003年4月 東京大学耳鼻咽喉科 講師
2008年3月 同 准教授
2015年4月 東京医科歯科大学 頭頸部外科 教授

2019/05/10 8:00〜9:00 第3会場