嚥下障害の治療に際しては、嚥下造影検査や嚥下内視鏡検査などで嚥下機能(病態)を診断した上で、その病態に応じた治療計画を立案し、保存的治療(嚥下指導や嚥下訓練)や外科的治療を選択していく。
食事に適した体位や頭位、適切な食形態、誤嚥した際の喀出指導など一般的な誤嚥予防や対応策を指導することは大切である。水やお茶を飲む際にむせるという訴えの高齢者では、嚥下反射の惹起性が低下していることが多く、食形態や一口量の指導を行うことで十分な場合も多い。喉頭流入や誤嚥の予防を目的として、顎引き嚥下や頸部回旋嚥下、息こらえ嚥下などが代償的な手法としてよく指導される。顎引き嚥下では、嚥下反射前の気道防護が増強され、喉頭閉鎖も増強し、食道入口部開大が増強され、さらに舌根部における駆出力は増加することが報告されている。頸部回旋嚥下は、頸部回旋による咽頭腔の形態的変化と、食塊の流路など嚥下動態の変化を有効に活用して誤嚥のリスクを軽減させる手技である。
嚥下訓練は、嚥下機能の改善を図ることで、安全な経口摂取を目指すものであり、間接的訓練と直接的訓練に大別される。間接的訓練は、食物を用いずに、嚥下関与筋の機能や協調性を改善させることを目的として行われ、直接的嚥下訓練は食物を用いた訓練である。訓練方法の代表的なものに、メンデルソン手技があり、これは随意的に舌骨と喉頭を高い位置に維持させて喉頭挙上を補強する訓練法である。この手技により舌骨・喉頭の挙上時間が延長することで、食道入口部開大時間が延長することが知られている。また、エクササイズに基づく訓練プログラムであるシャキア訓練は、等尺性等張性の頭部挙上訓練によって舌骨上筋群の筋力増強を図り、喉頭前方運動が亢進することで食道入口部の開大を改善させるものである。このシャキア訓練は、高齢者には負担が大きいこともあり、本邦では、シャキア訓練と同様の効果をねらった頸部等尺性収縮手技や徒手的頸部筋力増強訓練、嚥下おでこ体操が広く用いられている。
嚥下障害に対する手術は、嚥下機能改善手術と誤嚥防止手術に大別される。嚥下機能改善手術は、残された嚥下機能を外科的に補うことによって経口摂取を目指す手術である。嚥下機能改善手術の代表的術式として、輪状咽頭筋切断術と喉頭挙上術がある。輪状咽頭筋の弛緩障害があり、食道入口部の開大不全と通過障害を認める場合には、輪状咽頭筋切断術の適応となる。また嚥下時の舌骨および喉頭の挙上前進運動が障害されていて、食道入口部開大が不十分な場合には、喉頭挙上術の適応となる。十分な食道入口部の開大を得るために、輪状咽頭筋切断術と喉頭挙上術を併施することも多い。しかしながら、嚥下口腔期の高度な障害を伴う症例や、舌根後方運動や咽頭収縮が不十分で食塊駆出力を生成できない症例などでは、摂取できる食形態には制限が残る。
誤嚥防止手術は、難治性誤嚥に対して気道と食道を分離し誤嚥を防止する手術であり、これにより食塊や唾液の気管への流入は防止される。喉頭気管分離術や気管食道吻合術、喉頭全摘術などがあり、ほとんどの術式において音声機能は喪失する。あくまでも誤嚥の防止が目的であり、必ずしも術後の経口摂取を保証するものではない。この誤嚥防止手術は、喉頭を温存する方法と、喉頭を犠牲にする方法(喉頭全摘術)に大別され、喉頭温存の術式では、気道と食道を分離する部位によっていくつかに分類される。喉頭蓋レベル(喉頭蓋披裂部縫着術)、仮声帯レベル(仮声帯閉鎖術)、声帯レベル(声門閉鎖術)、気管レベル(喉頭気管分離術・気管食道吻合術)がある。このほかに、喉頭蓋を管状に縫合形成し、喉頭蓋尖端は縫合せず小孔として保存することで発声機能を温存する喉頭蓋管形成術がある。
嚥下障害を生じる疾患は多様であり、原疾患自体の予後も異なる。嚥下障害の原疾患が回復可能なものか進行性なのか、また手術の目的が誤嚥の防止だけなのか、経口摂取を目指すのかによって、治療方針は異なってくる。一般的に脳血管障害後遺症や頭頸部癌術後の嚥下障害は、適切な嚥下訓練を経て障害が軽減し、経口摂取可能となる症例も少なくないが、高度な嚥下障害が遷延する例もある。障害に応じた嚥下訓練などの保存的治療を一定期間行っても奏効しない場合に、外科的治療を考慮する。神経難病による嚥下障害に対する外科的治療に関しては、手術の適応や実施時期に関しての定説はない。
唐帆健浩
1989年 防衛医科大学校医学科卒業,海上自衛隊入隊,防衛医科大学校耳鼻咽喉科入局
1991年 海上自衛隊厚木航空衛生隊医務班長
1997年 ジョンズホプキンス大学 Swallowing Center Research Fellow
1998年 防衛医科大学校医学研究科修了,自衛隊阪神病院耳鼻咽喉科医長
2000年 防衛医科大学校耳鼻咽喉科学講座助手
2005年 防衛医科大学校耳鼻咽喉科学講座講師
2009年 杏林大学医学部耳鼻咽喉科学教室准教授,杏林大学摂食嚥下センター統括責任者
2019/05/11 10:25〜11:25 第1会場