両側前庭機能低下( bilateral vestibulopathy、以下 BVP)は、慢性めまいの原因の一つで、文字通り両側末梢前庭機能の低下した状態を指し、さまざまな症状を呈する。さまざまな病因で発症する可能性がある。一般的に、一側末梢前庭機能低下と比較して平衡障害は強く、対応に苦慮することが多い。 BVPの場合、平衡機能の著しい障害により身体障害認定がなされる可能性がある。
本パネルにおいては、まず、最近発表された Barany Societyによる BVPの診断基準について紹介したうえで、病因や進行様式を概観し、さらに現行および近未来における治療法について述べる。
診断基準
BVPの Barany Societyによる診断基準( Strupp M et al. J Vestib Res 27 : 77―189, 2017)は以下のごとくである。
BVP確実例
A.次にあげるような症状のある慢性的な前庭症状がある。
1.起立時あるいは歩行時に不安定感がありかつ次の2か3の少なくとも一方を認める。
2.歩行時あるいは急速な頭部/身体運動時の視界のぼやけあるいは動揺視。
3.暗所かつ/あるいは平坦ではない場所での不安定感の増悪。
B.静止した状態での座位あるいは臥位では症状がない。
C.両側性に減弱した VOR(前庭眼反射)の次の方法による証明。
( VORの両側性の減弱は、 vHIT、温度刺激検査、あるいは回転検査によって証明する必要があるが、ここでは省略する。)
D.他の疾患では説明できない。
A-2は、 VORの低下による症状であり、 jumbling現象と呼ばれる。A -3のうち、暗所での体平衡の増悪は体平衡維持が視覚入力に依存していることを意味し、 Romberg現象陽性とされる現象である。平坦ではない場所では、深部感覚が攪乱されるため、末梢前庭障害のあるとき体平衡障害が増悪しやすい。結局この診断基準では、立位あるいは歩行時に自覚的に不安定感があり、 jumbling現象かつ/または Romberg現象が陽性であり、何らかの方法で、客観的に外側半規管の高度機能低下を証明することが要求されている。
なお、身体障害5級と認定される「平衡機能の著しい障害」とは、閉眼で直線を歩行中 10m以内に転倒または著しくよろめいて歩行を中断せざるを得ないものをいう。上記の診断基準のうちCには達しないものの、ほかの基準は満たし、一定程度の両側前庭機能低下を満たす症例も少なくなく、本パネルでは、そのような症例も両側前庭機能低下のカテゴリーに含めて論じる。
病因
病因については、約30%が病因の特定できない特発性( idiopathic BPV、 IBV)( Baloh RW et al. Neurology 1989)であるとする報告がある( Lucieer F et al. Front Neurol 2016)。特発性の場合、発作を繰り返しながら末梢前庭機能低下が進行する sequential type、めまい発作なしに徐々に末梢前庭機能低下が進行する progressive type、およびその中間型に分類される。病因が特定できるものには、メニエール病などの既知の前庭疾患によるもの、感染症、薬剤性、腫瘍性、遺伝性、外傷性、変性疾患などの疾患のほかに加齢による両側前庭機低下と考えられる症例も少なくない。
治療法
身体の平衡は、前庭系、体性感覚系、視覚系の情報を中枢神経系が統合・処理し、効果器へと出力することで保たれている。したがって BVPの治療法は、残存する前庭機能を活用する方法と体性感覚系(や視覚系)の体平衡維持への関与を増強する方法に大別される。いずれの場合も、中枢神経系機能の増強の促進もはかられる。いわゆる平衡リハビリテーションは、これらのすべての側面をあわせもった方法である。通常の平衡リハビリテーションで効果が不十分な場合には、ほかの方法の活用、すなわち、より積極的な治療的介入を検討する必要がある。
より積極的な治療的な介入のうち、残存する末梢前庭機能の増強をはかる方法としては、被検者の知覚閾値以下の弱い電気刺激を一定時間負荷し、体平衡の改善をはかる noisy galvanic vestibular stimulationが試みられており、また、体性感覚系機能の増強をはかる方法としては、ヒューマン-マシーン・インターフェースを用いる方法が知られている。このほか、さらに積極的な介入法として、今後人工前庭器の開発がさらに進められることが期待される。人工前庭器に関しては重度難聴を伴う場合と伴わない場合のそれぞれについて実施基準を作成する必要がある。
正確な病状の把握の上に立ち、 BVPに悩む個々の症例のおのおのに、現時点での最適な治療法を計画するとともにさらなる発展をはかる努力が必要である。
室伏利久
1985年 東京大学医学部卒業
1985年 東京大学医学部耳鼻咽喉科入局
1996年 東京大学医学部耳鼻咽喉科講師
2003年 東京逓信病院耳鼻咽喉科部長
2008年 帝京大学医学部附属溝口病院耳鼻咽喉科教授
2019/05/10 15:20〜17:20 第4会場