第120回 日本耳鼻咽喉科学会総会・学術講演会

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タイトル

末梢性顔面神経麻痺は比較的予後良好な疾患であるが、適切な初期治療を受けたにもかかわらず高度な神経障害を来した症例では後遺症が発症する。顔面神経麻痺後の後遺症には、病的共同運動、顔面拘縮、顔面痙攣、鰐の涙、鐙骨筋性耳鳴などがあるが、病的共同運動が最も頻度が高く不快な後遺症である。末梢性顔面神経麻痺後の病的共同運動は、障害をうけた顔面神経が迷入再生し、元々支配していた表情筋と異なる表情筋を支配することで起こる顔面の不随意運動である。代表的な病的共同運動には、口運動時の不随意な閉瞼や瞬目時の不随意な口角偏倚などがある。中でも口運動時の不随意な閉瞼の病的共同運動が最も不快で、会話や食事の際に眼輪筋が不随意に収縮するために瞼裂が狭小化し、苦しむ患者が多い。

病的共同運動はいったん発症すれば治療が困難である。われわれは、最も不快な口運動時の不随意な閉瞼を予防するリハビリテーションであるミラーバイオフィードバック療法を開発した。また発症した病的共同運動を治療することができるボツリヌス毒素・ミラーバイオフィードバック併用療法も、新たに開発した。
ミラーバイオフィードバック療法とは、鏡を見ながら表情筋の動きをコントロールし、病的共同運動を抑制するリハビリテーションである。具体的には、瞼裂の対称性を保つように意識しながらウーと唇を尖らせる、イーと歯を見せる、プーとほほを膨らませる口運動を行わせる。1日30分、毎日自宅で行うように指導する。必ず鏡を見ながら行うこと、ゆっくりと優しく口運動を行うこと、筋力強化ではなく左右の瞼裂の対称性を保つことを意識することが重要である。

われわれは、 ENoG値が0%の高度な神経障害を来した末梢性顔面神経麻痺患者を対象に、表情筋の動きが回復を始めた時期よりミラーバイオフィードバック療法を開始し、顔面神経麻痺発症1年後の病的共同運動の程度を瞼裂比で評価したところ、予防を行わなかった患者群と比較して瞼裂比は有意に高く、病的共同運動の発症が予防できることを明らかにした。またわれわれの検討から、 ENoG値が46.5%以下の患者では病的共同運動が発症する可能性が高く、積極的にミラーバイオフィードバック療法による予防が必要である。

一方、発症した病的共同運動は、ミラーバイオフィードバック療法のみでは治療困難である。すでに存在する病的共同運動がミラーバイオフィードバック療法を阻害するからである。また、ボツリヌス毒素は一時的に病的共同運動を改善させことができるが、効果は3〜4カ月で消失するため、反復投与が必要である。そこでわれわれは、ボツリヌス毒素・ミラーバイオフィードバック併用療法を開発した。具体的には、最初に一回だけボツリヌス毒素を病的共同運動が発症している眼輪筋に局所投与し、ミラーバイオフィードバック療法を阻害していた病的共同運動を一時的に軽快させてからミラーバイオフィードバック療法を開始し、継続する治療方法である。

われわれの検討では、高度な口運動時の不随意な閉瞼の病的共同運動を発症した末梢性顔面神経麻痺後の患者に対して、ボツリヌス毒素・ミラーバイオフィードバック併用療法を行ったところ、治療開始後10カ月の瞼裂比は有意に上昇した。このことから、発症すれば治療困難とされた病的共同運動を、ボツリヌス毒素・ミラーバイオフィードバック併用療法で治療できることが明らかになった。

参考文献
Nakamura K, et al : Otolaryngol Head Neck Surg 2003 ; 128 : 539-543.
Azuma T, et al : Otolaryngol Head Neck Surg 2012 ; 146 : 40-45.
Azuma T, et al : Auris Nasus Larynx 2018 ; 45 : 728-731.

東貴弘
2001年 徳島大学医学部医学科卒業
2001年 徳島大学医学部耳鼻咽喉科入局
2007年 耳鼻咽喉科学会専門医  
2010年 徳島大学医学部耳鼻咽喉科助教
2012年 医学博士
2016年 米国ミネソタ大学医学部耳鼻咽喉科留学
2018年 徳島大学医学部耳鼻咽喉科講師

2019/05/10 15:20〜17:20 第3会場