はじめに
顔面神経麻痺に対する耳鼻咽喉科的な手術治療は、顔面神経減荷手術が中心となる。顔面神経減荷手術は、有効性に関する明確なエビデンスがないため、世界的に減少傾向にある。一方で、顔面神経減荷手術が唯一の有効な手術治療である症例は、確実に存在する。また、側頭骨内の顔面神経管に対するアプローチ法は、経乳突法、経中頭蓋窩法あるいは両者の併用と多彩であり、国際標準化されていない。本シンポジウムでは、顔面神経減手術の背景、目的、手術方法、効果、展望などについて紹介する。
顔面神経減荷手術の現状と問題点
顔面神経減荷手術の対象疾患は Bell麻痺、 Hunt症候群、側頭骨骨折による外傷性麻痺が代表的である。 Bell麻痺の多くと Hunt症候群は、膝神経節からのウイルス再活性化による神経炎が病因であり、炎症により神経浮腫が生じると、狭い側頭骨内で神経絞扼が増悪する。その予防が、顔面神経減荷手術の主目的である。 Hunt症候群に関しては、神経炎が高度で減荷術を行っても転帰不良な症例が多く、欧米では減荷術の効果に否定的な意見が主流だが、本邦では ENoG10%未満の高度麻痺例には減荷術が適応されている。
一方、 Bell麻痺の HSV性神経炎の病態に対応した術式として、1999年に Gantzらは、手術適応を発症2週以内の早期に限定し、経乳突法と経中頭蓋窩法を併用する全減荷手術を提唱し、良好な成績を示した。また、2001年に Yanagiharaらは、発症早期にはステロイド治療を行い、発症2週以降の高度麻痺症例に対し、経乳突法による垂直部から膝神経節までの亜全減荷手術を提唱し、発症後早期であるほど治療成績は良好であるが、麻痺発症1カ月以上経過しても、ある程度の意義があることを示した。これは、 HSVが再活性化する膝神経節より末梢の減荷でも、側頭骨内の骨間内で生じた炎症、浮腫、絞扼の悪循環を改善すれば、神経再生環境の向上につながる症例が存在することを示したと言える。 Gantz論文と Yanagihara論文の発表以降、 Bell麻痺に対しては、欧米では2週以内の経中頭蓋窩法と経乳突法を併用した全減荷が主流となり、本邦では発症2週以降の症例に対して経乳突法の減荷手術が行われる、ダブル・スタンダードの時代が続いている。
側頭骨骨折による外傷性麻痺に対しては、世界共通で即発性の高度麻痺へ減荷術が適応されている。手術の目的は、骨折に伴う物理的な神経圧迫や牽引を解除することで、神経生理学的に合目的である。術式は骨折部位や病態により、経中頭蓋窩法、経乳突法、場合によっては経迷路法が選択される。減荷術の至適時期として、演者は発症2週以内、遅くとも2カ月以内を提唱している。合併症や全身状態が許せば、発症早期であるほど治療成績は良いが、出血し易く手術の難易度は上がる。
顔面神経減荷手術の展望
このように、顔面神経減荷手術の課題は多いが、発症後2週以上を経過した症例に対する治療成績の向上が、重要な課題と考える。そのためには、①神経絞扼の解除、②神経血流とリンパ流の回復、③脳幹の顔面神経ニューロン変性前の再生完了などの条件を満たさなければならない。現在われわれは、減荷手術時に顔面神経へ徐放化栄養因子を投与する再生治療を行っている。①神経再生を促進、②発症2週以降経過していても可能、③低侵襲な手術手技、④合併症の軽減をコンセプトとしており、これまでの成績は良好で、普遍的な治療となる可能性がある。
さらに、除法化栄養因子を経鼓膜的に鼓室内に投与する、低侵襲顔面神経再生療法を基礎研究として行っている。本治療は発症早期からステロイドの全身投与に追加可能であり、耳鼻科医であれば外来にて簡便に実施できるため、より汎用性が高い。
まとめ
顔面神経減荷手術は、保険収載された治療法であるが、その意義や方法に国際的なコンセンサスがまだ得られていない。今後の前向きランダム化比較試験による有効性検証が必須である。また、再生医療を融合させた新たな顔面神経再生手術としての展開が期待される。
羽藤直人
1989年 愛媛大学医学部 卒業
1996年 愛媛大学医学部大学院 修了
1996年 愛媛大学医学部附属病院 助手
1999年 米国スタンフォード大学耳鼻咽喉科 留学
2001年 愛媛大学医学部附属病院 講師
2008年 愛媛大学大学院医学系研究科 頭頸部感覚器外科 准教授
2014年 愛媛大学大学院医学系研究科 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 教授
2019/05/10 15:20〜17:20 第3会場