顔面神経麻痺患者が最も知りたいことは「治るのか否か」、そして「治るならいつ頃に治るのか」である。麻痺の予後を正確に推定し、最適な治療を行う責務が耳鼻咽喉科医には求められる。本講演では顔面神経麻痺の予後判定法と注意点について述べる。
1.顔面運動評価法(麻痺スコア)
柳原40点法、 House-Brackmann法、 Sunnybrook法が普及している。このうち Sunnybrook法は後遺症評価に適し、予後診断に用いられることは少ない。本邦で頻用されるのは柳原40点法である。安静時の左右対称性1項目と表情筋運動9項目をそれぞれ4点(ほぼ正常)、2点(部分麻痺)、0点(高度麻痺)の3段階で評価し、その合計スコア(40点満点)を求める。2016年に改定された診断基準では合計10点以下を完全麻痺、12点以上を不全麻痺とする。麻痺の回復過程で38点以上に回復、かつ中等度以上の後遺症がなければ治癒とする。簡便であり耳鼻科医には最も馴染深いが、病的共同運動はスコアに反映されない。 House-Brackmann法は顔面運動の包括的評価法で、正常( grade I)から高度麻痺( grade VI)の6段階で評価する。病的共同運動など後遺症も gradeに反映されるが、部位別評価には適さない。治癒は grade Iまたは grade IIへの回復である。いずれの評価法も評価者の主観がある程度反映されることは不可避であり、したがって結果がばらつきやすい。評価基準の標準化や施設内での調整など、評価者間差異が最小となるよう努める。
ウイルス性顔面神経麻痺では発症後から麻痺は進行し、1週間ほどで最も悪い状態となる。村上の検討では柳原40点法においてこの最悪時のスコアが14点以上であれば絶対的予後良好で、まず治癒に至る。最悪時スコアが12点以下の高度麻痺例では3割が治癒しない一方で、残り7割は治癒する。したがって高度麻痺に対する麻痺スコアを用いた早期予後診断は困難である。他方、高度麻痺であっても発症後1カ月の時点において22点以上に回復していれば予後は良好である。しかし実臨床では予後不良と診断された例には、顔面神経減荷術など追加治療の速やかな実施が望ましく、高度麻痺例には次に述べる電気生理学的検査を発症早期に行い予後を推定する。
2.電気生理学的予後診断
いずれも神経軸索変性が完成する発症後10〜14日で施行する。
①神経興奮性検査( Nerve excitability test, NET)
茎乳突孔から側頭骨外に出た顔面神経本幹を乳様突起直下で経皮的に電気刺激し、肉眼で表情筋収縮が確認できる最小電流量を患側・健側で比較する。(患側電流量)-(健側電流量)が 3.5mA以内では予後良好、 3.5mA以上では予後不良と判定する。
② Electroneurography( ENoG)
口輪筋上の皮膚に電極を貼付し NETと同様に顔面神経本幹を電気刺激し、複合筋活動電位( compound muscle action potential, CMAP)を計測する。表情筋収縮閾値を観察する NETとは異なり、 CMAPが最大となる大電流量で刺激する。得られた CMAP電位を以下の計算式に代入して ENoG値を求める。
ENoG値(%)=(患側 CMAP( mV))/(健側 CMAP( mV)) ×100
ENoG値は患側の軸索変性を免れた顔面神経線維の割合を表す。 ENoG値が40%以上であれば麻痺は後遺症なく1カ月以内に治癒する。20%以上40%未満であれば2カ月以内に治癒するが、病的共同運動などの後遺症が生ずる可能性がわずかながらある。10%以上20%未満であれば4カ月以内に治癒するが、後遺症の可能性が高まる。10%未満であれば半数は治癒せず、治癒しても6カ月以上要し、後遺症が高率に生ずる。0%であれば治癒は望めない。
高度麻痺例には NETや ENoGによる予後診断を行い、顔面神経減荷術やリハビリテーションなど追加治療の必要性を検討する。特に ENoGは顔面神経に生じた軸索変性の割合を定量的に評価できる点で優れ、顔面神経麻痺の診療では欠くことのできない検査となっている。
参考文献村上信五 :宿題報告2015ウイルス性顔面神経麻痺-病態と後遺症克服のための新たな治療-
萩森伸一
1989年 大阪医科大学卒業・同耳鼻咽喉科入局
1992年 大阪府済生会中津病院耳鼻咽喉科医員
1996年 大阪医科大学耳鼻咽喉科助手
1998年 米国ピッツバーグ大学医学部耳鼻咽喉科研究員
2000年 大阪医科大学耳鼻咽喉科講師
2005年 大阪医科大学耳鼻咽喉科助教授
2017年 大阪医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科専門教授
2019/05/10 15:20〜17:20 第3会場