第120回 日本耳鼻咽喉科学会総会・学術講演会

プログラム

No

タイトル

耳鼻咽喉科での日常診療において、咽喉頭異常感とともに慢性咳嗽を訴える患者を診る頻度は決して低くない。咳嗽はきわめて普遍的な症状であり、医療機関を受診する理由として最も頻度が高い症候の1つである。胸部X線写真で異常が認められる場合など、原因の診断が容易なこともあるが、他覚的所見を伴わずに、各種の鎮咳薬が無効で、長く続く咳嗽は、患者自身と診療に当たる医師の両方にとって非常に頭の痛い問題となる。咳嗽診療を難しくしている理由として、原因疾患が予後良好で自然軽快傾向のある普通感冒から、生命に危険の及ぶ肺癌まで多岐にわたり、呼吸器系以外の疾患も原因となる場合があるなど、広範で系統だった知識と経験が要求されることがある。

咳嗽反射は、気道内に貯留した分泌物や吸い込まれた異物を気道外に排除するための生体防御反応である。気管支の上皮間や上皮下などの気道壁表層に分布する咳受容体が機械的あるいは化学的に刺激されると、迷走神経求心路を介して延髄の孤束核に存在する咳中枢に伝達され、咳嗽反射が惹起される。この気道壁表層の咳嗽反射の異常には、亢進と低下があり、それぞれが病的意義を持つが、一般に“咳”と表現される状態は、咳嗽反射が亢進している状態である。咳嗽反射経路の感受性は正常であるが過剰な刺激が加わった状態と咳嗽反射経路の感受性が亢進して、弱い刺激によっても咳嗽が発生する状態とがあると考えられる。

胃食道逆流が慢性咳嗽の原因となり得ることは海外を中心に多くの報告がある。胃内容物の食道への逆流は下部食道括約筋の作用で防止されている。迷走神経反射でおこる、蠕動や嚥下を伴わない一過性の下部食道括約筋圧の低下( TLESR)による胃食道逆流は、健常者でも認められる生理的現象であるが、この頻度が病的に増えると症状が出現するとされる。

咳嗽は喀痰の有無によって、喀痰を伴わないか少量の粘液性喀痰のみを伴う乾性咳嗽と、咳嗽のたびに喀痰を伴い、その喀痰を喀出するために生じる湿性咳嗽とに分類される。胃食道逆流に伴い慢性咳嗽が起こる機序には、胃食道逆流により下部食道の迷走神経受容体が刺激される reflex theory(気道内分泌物は増加せず、咳嗽反射経路の感受性が亢進し、乾性咳嗽を生じる)と、逆流内容が上部食道、咽喉頭、下気道への直接刺激となる reflux theory(咳嗽反射経路の感受性は正常であるが、分泌物が増加し、湿性咳嗽を生じる)が考えられる。

胃食道逆流に伴う慢性咳嗽に対する治療法は現在確立したものはないが、上記機序を考えると、プロトンポンプ阻害薬の治療効果が限定的であることには納得がいく。したがって慢性咳嗽に対して漫然とプロトンポンプ阻害薬を長期連用することは避けるべきである。プロトンポンプ阻害薬の効果が認められるとの報告には、咳嗽の客観的評価が困難であること、プラセボ効果があること、効果判定期間が2~3カ月とされるなど長期となっており、自然寛解の可能性を除外できていないことなどの問題点もあることを勘案する。

折舘伸彦
1988年 北海道大学医学部医学科卒業
1988年 北海道大学医学部耳鼻咽喉科入局
1993-1996年 米国テキサス大学MDアンダーソン癌センター研究員
1997年 北海道大学大学院医学研究科博士課程修了
1999年 北海道大学医学部 助手
2002-2003年 米国テキサス大学MDアンダーソン癌センター客員講師
2005年 北海道大学病院耳鼻咽喉科 講師
2007年 北海道大学大学院医学研究科耳鼻咽喉科・頭頸部外科学分野 准教授
2013年 横浜市立大学医学部 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 主任教授

2019/05/09 16:00〜17:30 第10会場