はじめに
咽喉頭癌に対する経口的手術は、腫瘍制御と機能温存を両立した低侵襲手術として近年普及し、重要な治療選択肢の1つとなりつつある。当科では、拡張型喉頭鏡、硬性咽喉頭内視鏡および腹腔鏡用鉗子を用い、腫瘍の一塊切除を基本とした経口的腫瘍切除術を独自に開発し、内視鏡下経口的咽喉頭部分切除術( Transoral Videolaryngoscopic Surgery : TOVS)と命名し、2004年より施行している。本術式は喉頭微細手術をもとに発展してきた耳鼻咽喉科独自の術式であり、手術機器の発達とともに、変化発展を遂げてきている。
適応
主に中下咽頭癌、声門上癌である。新鮮例では T1-2および切除可能な一部の T3、また T4a症例で導入化学療法にて縮小し切除可能となった一部症例を対象とする。放射線照射後再発例では切除可能な rT1-2程度に限定される。舌骨・甲状軟骨・輪状披裂関節・喉頭外浸潤、食道入口部は半周以下、両側披裂部進展のものは適応外となる。頸部リンパ節転移陽性であっても切除可能であれば適応とし、多くの症例では一期的に頸部郭清術を併施している。腫瘍の進展範囲が適応判断の基本となるが、嚥下障害など術後喉頭機能障害を考慮し、年齢や放射線照射歴、糖尿病などの既往症といった全身状態を考慮した適応判断を行っている。
手術手技
拡張型喉頭鏡〔 FKリトラクター、 FK-WOリトラクター、 Weerda型喉頭鏡〕を用いて喉頭展開を行う。良好な術野展開が成功の重要なポイントである。基本的に経口挿管を行うが、一部中咽頭癌や声門上癌では、挿管チューブが術野展開の妨げとなるため、経鼻的に気管内挿管を行う。下咽頭後壁や輪状後部病変の場合、挿管チューブの下にブレードを挿入し、チューブを声門前方にはね上げることで、良好な視野を確保できる症例もある。
内視鏡は当初は硬性喉頭内視鏡を用いていたが、近年は先端弯曲型硬性内視鏡〔 Endoeye flex〕をほとんどの症例で使用している。内視鏡操作は助手が行い、手術操作は細径の把持鉗子、剪刃、電気メス等を用いて、術者が両手操作で行う。把持鉗子で牽引し、電気メスなどを用いレイヤーを確認しながら切除を進める。サクションコアギュレーター、またはクリップ鉗子を用いて止血を行う。
切除範囲は NBIや1%ヨード染色の不染帯により進展範囲を確認し設定している。 5〜 10mm程度のマージンをとり、一塊に切除を行う。基本的に術中迅速病理診断にて断端を確認している。深部浸潤症例では頸部郭清術を同時に併施する場合、頸部との穿孔に注意が必要である。創部は自然上皮化、気管切開・再建は基本的に行わない。
治療成績
当科では2018年12月までに、232症例に対し244手術を施行している。内訳は、下咽頭癌140手術、声門上癌27手術、中咽頭癌77手術であった。
腫瘍学的な治療成績については、2年以上経過観察を行った151症例(男性134症例、女性17症例、下咽頭癌76症例、声門上癌24症例、中咽頭癌51症例)の検討では、全体の5年粗生存率80.6%、疾患特異的生存率88.4%、局所制御率90%、喉頭温存率94.8%と良好な成績であった。しかしながら N3症例については予後不良であった。放射線後の救済手術症例13症例(下咽頭癌6症例、声門上癌5症例、中咽頭癌2症例)での検討においても、5年粗生存率78.5%、喉頭温存率87.5%と良好な成績であった。
術後喉頭機能168症例の検討では、嚥下機能に問題ありとされる Functional Outcome Swallowing Scale 3以上の症例は12症例(7.1%)で、経管栄養から離脱できなかった症例は4症例(2.4%)であった。解析の結果、披裂部切除、広範囲切除、放射線照射後が、術後嚥下障害の危険因子として挙げられている。
今後の展望
TOVSは TORSと同様の術野の展開を行い、ほぼ同様の切除が可能である。鉗子類が細径であるため、下咽頭など食道側の病変に対しては TORSよりも手術操作に優れていると考えられる。近年は本手術に適した可撓性の鉗子類や電気メス、サクションコアギュレーターなどが発売されている。手術器具の干渉が減り、操作性が向上してきており、さらなる発展も期待される。
また現在、経口的切除術は各施設の環境により異なる術式で行われており、各術式の特性を生かした今後の発展が期待される。 AMED革新的がん医療実用化研究事業「頭頸部癌全国症例登録システムの構築と臓器温存治療のエビデンス創出」(代表:丹生健一)の「喉頭・下咽頭癌経口的手術の最適化」では、本邦発の大規模エビデンスの発信を目指し研究が進められており、今後の成果が期待される。
荒木幸仁
経歴
1997年 慶應義塾大学医学部 卒業
同大学耳鼻咽喉科学教室 入局
2002年 慶應義塾大学 耳鼻咽喉科学教室 助手
2004年 大田原赤十字病院耳鼻咽喉科 部長
2006年 ペンシルバニア大学耳鼻咽喉科頭頸部外科 研究員
2009年 防衛医科大学校 耳鼻咽喉科学講座 講師
2016年 防衛医科大学校 耳鼻咽喉科学講座 准教授
資格
博士(医学) 慶應義塾大学
耳鼻咽喉科専門医、耳鼻咽喉科専門研修指導医
気管食道科専門医
頭頸部がん専門医、頭頸部がん専門医制度 指導医
がん治療認定医、がん治療認定医暫定教育医
2019/05/09 16:00〜17:30 第9会場