□はじめに
咽喉頭癌に対する経口的切除術は早期癌に対する低侵襲手術として開始され、当初は限られた施設で行われていたが、近年は多施設で行われるようになってきた。しかしその長期経過はいまだ十分には検討されておらず、適応は慎重に選択する必要がある。また、テクニック的にある程度熟達しないと術後の合併症を来して侵襲が大きくなってしまうことがあり、十分なトレーニングが必要である。経口的切除術式は複数あり、昨年ロボット支援手術も国内で薬事認可された。演者は東京医科歯科大学頭頸部外科にて2005年から咽喉頭癌に対する経口的切除術を開始した。当初は KTPレーザによる経口的レーザーマイクロサージェリー( transoral laser microsurgery : TLM)で施行していたが、2009年より食道外科と合同で内視鏡的咽喉頭手術( endoscopic laryngo-pharyngeal surgery : ELPS)を開始し、以後は一貫して ELPSで経口的切除術を施行している。
□適応
ELPSは2004年に佐藤らによって開発された、彎曲型喉頭鏡とそれに対応した高周波メスや鉗子を用いて腫瘍を切除する術式である。4方向に彎曲する上部消化管内視鏡を用いて NBI観察や拡大観察を併用しながら行うことと、腫瘍直下の上皮下層に生理食塩水を局所注射することにより病変の垂直断端を確認しながら行うことに最大の特徴がある。基本的には筋層浸潤のない深達度が上皮下層までの症例が良い適応である。時に筋層の一部を切除することもあるが、 ELPSはほかの術式と比較してより深達度の浅い病変に適応されるべきで、大きく筋層を切除する症例はほかの経口的切除術式や外切開手術で手術されるべきと考えている。病変の部位・亜部位別では中・下咽頭癌および声門上癌が適応で、特に下咽頭癌が良い適応である。まれに声門癌や声門下癌にも適応することがある。T分類では T2以下および一部の T3症例、放射線療法後の再発例では深達度の浅い rT2以下の症例が適応である。N分類では N0が良い適応であるが、術後照射が担保される可能性のある N1~N2aは症例により適応を拡大して施行している。広汎な切除にも対応できるが、頭頸部癌治療歴のないこと、頸部放射線治療歴のないことが条件となる。嚥下機能、既往歴、合併症や PSも手術適応決定の際に参考にする。骨・軟骨浸潤のある症例や深い潰瘍形成を呈する症例は適応外となる。
□手術手技
ELPSの原法は経口挿管・上口唇正中固定であるが、われわれは経鼻挿管で施行している。中咽頭後壁上方の病変で手術操作が難しいことがあるが、助手に挿管チューブを押さえてもらうことで対応が可能である。経鼻挿管の最大の利点は彎曲型喉頭鏡のブレードの内部に高周波メスや鉗子を挿入して手術操作ができることである。執刀前に上部消化管内視鏡で NBI観察や拡大観察を行い、腫瘍の進展範囲を詳細に把握する。拡大観察で筋層浸潤を示唆する B3血管を認めた場合は手術を中止することもある。この後0.5%ヨード染色を行いヨード不染帯から 3mm程度の水平方向の切除マージンを取り、粘膜上皮下浸潤の場合は触診でその辺縁を同定して同様のマージンを取り、近接観察しつつ切除して行く。腫瘍直下の上皮下層に生理食塩水を局所注射することにより、上皮内癌に対しては上皮下層の浅い層で、上皮下浸潤癌に対しては上皮下層のより深い層で、と切除の層を病変の深達度によって調整することが可能であり、上喉頭神経内枝を温存できることも多い。手術時間が3時間以上或いは出血量の多い場合は、術後挿管したまま帰室して術後管理する。術中出血は少量であれば高周波メスで止血が可能で、高周波メスで止血困難な場合は先端可撓性のサクションコアグレーターで止血が可能である。これまで止血クリップを使用した症例は1例のみである。創部は自然治癒に任せ、広汎な切除範囲となった症例ではトリアムシロノンアセトニドの局所注射を行うが、術後瘢痕狭窄が問題となる場合もあり今後の課題である。
□下咽頭癌の長期治療成績
2009年〜2013年に ELPSを施行した下咽頭癌症例98例(男性95例、女性3例・うち9例は放射線療法後の再発例)の5年粗生存率は87.0%、5年疾患特異的生存率は92.8%、喉頭温存率は92.8%と良好であった。死因は他癌死が多かったが、長期経過中に誤嚥性肺炎での死亡例が2例あった。止血術を要する術後出血は2例、緊急気管切開術は2例に認めた。後発頸部リンパ節転移は12例に認め、全例が頸部郭清術等で制御されたが、約半数で術後照射が必要となった。
□今後の展望
ELPSを含む各種の経口的切除術式は、今後少しずつそれぞれの利点を取り入れて融合して行く、或いは、病変の深達度によって使い分けて行くことになる可能性がある。今後の各術式のアウトカムの集積と発展を期待したい。
杉本太郎
昭和62年3月 東京医科歯科大学医学部医学科卒業
昭和62年6月 東京医科歯科大学医学部付属病院耳鼻咽喉科入局
平成6年9月 東京医科歯科大学医学部耳鼻咽喉科助手
平成12年4月 中野総合病院耳鼻咽喉科部長
平成16年7月 東京医科歯科大学医学部附属病院耳鼻咽喉科講師
平成27年8月 東京医科歯科大学医学部附属病院頭頸部外科講師
平成28年4月 がん・感染症センター都立駒込病院耳鼻咽喉科・頭頸部腫瘍外科部長
2019/05/09 16:00〜17:30 第9会場