咽喉頭癌治療は嚥下・発声機能と密接に関係しており、治療に際しては癌の制御のみならず治療後の嚥下・発声機能を如何に温存するかが肝要である。
海外では、手術支援ロボット・ダビンチサージカルシステムの登場により、 Weinsteinらによって Transoral Robotic Surgery( TORS:経口的ロボット支援手術)が開発され、中咽頭癌を中心として咽喉頭癌治療が大きく変化している。米国の National Cancer Databaseでの中咽頭癌 T1、 T2(8,768例)に対する治療法の統計では、2004年には手術主体で治療された症例が56%、放射線主体が44%であったのに対し、 TORSの普及と共に2013年には手術主体が82%と飛躍的に増加しており、 TORSは中咽頭癌に対する標準的治療の一つとなってきている。
一方、国内では、 Narrow band imaging( NBI)をはじめとする内視鏡診断技術が頭頸部領域に応用され、従来では発見し得なかった微小な咽喉頭の表在癌を診断できるようになってきたことから、 Endoscopic submucosal dissection ( ESD)の技術が咽喉頭領域に応用され、さらに咽喉頭病変の治療に特化した術式として佐藤らにより Endoscopic laryngo―pharyngeal surgery(ELPS)が開発された。また、塩谷らにより経口的レーザー手術を改良した Transoral Videolaryngoscopic Surgery( TOVS)が開発されている。これは硬性内視鏡を使用することで、術野に近接した鮮明な画像の下で操作を行う術式であり、下咽頭癌を中心に良好な成績が報告されている。いずれの術式も低コストで行える内視鏡下術としてアジアを中心に海外で注目されている。
国内では耳鼻咽喉科領域はダビンチサージカルシステムの適応外であったが、先進医療Bが実施され、2018年8月に頭頸部外科領域(経口的に行う手術に限る。)が薬機法上の適応となった。その後日本頭頸部外科学会により耳鼻咽喉科のロボット支援手術に関する指針や教育プログラムが整備され、2019年2月に公表された。また、経口的頭頸部腫瘍手術に関する本邦発の大規模エビデンスの発信を目指し、 AMED革新的がん医療実用化研究事業「頭頸部癌全国症例登録システムの構築と臓器温存治療のエビデンス創出」(代表:丹生健一)の「喉頭・下咽頭癌経口的手術の最適化」に関する研究が進められており、国内におけるロボットおよび経口的頭頸部腫瘍手術は新たなステージに入りつつある。
本シンポジウムではロボットおよび経口的頭頸部腫瘍手術の現状を国内外のトップランナー3名の演者にご紹介いただき、今後の展望について考えてみたい。
Se―Heon Kim氏には基調講演として、咽頭癌・喉頭癌手術における TORSの有用性をご説明いただくと共に、局所進行癌に対する導入化学療法を併用した TORS治療の取り組みについてご紹介いただき、さらに最新型の単筒型ダビンチサージカルシステムであるダビンチ Spの臨床経験ならびにその結果についてもご紹介いただく。
楯谷一郎氏に国内耳鼻咽喉科におけるロボット支援手術の現状についてご説明いただいた後、杉本太郎氏には ELPSの適応と手術手技をご説明いただき、さらに下咽頭癌を中心とした ELPSの長期成績をご報告いただく。荒木幸仁氏には TOVSの適応と手術手技をご説明いただいた後、自験例の治療成績ならびに手術手技やデバイスの改良に関する今後の展望についてもお話いただく予定である。
国内においても TORSが本格的に導入されることになり、 ELPS、 TOVSを含めた経口的頭頸部腫瘍手術がより一般的な治療になっていくことが予想される。本シンポジウムがきっかけとなって多くの会員が経口的頭頸部腫瘍手術を開始され、ひいては患者への福音となることを願っている。
楯谷 一郎(たてや いちろう)
略歴
1994年 京都大学医学部卒業
1994年 京都大学医学部附属病院耳鼻咽喉科 研修医
1995年 滋賀県立成人病センター 医員
2003年 京都大学大学院医学研究科修了
2003年 ウィスコンシン大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科 研究員
2006年 京都桂病院耳鼻咽喉科 医長
2008年 京都大学大学院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 助教
2013年 京都大学大学院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 講師
2019年 京都大学大学院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 准教授
2019/05/09 16:00〜17:30 第9会場