第120回 日本耳鼻咽喉科学会総会・学術講演会

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【病因と病態】吃音はほとんどが小児期に発症する発達性であり、幼児の1割程度に発症する。2~3語文を発し始める頃から発症(発吃)があり、3歳前後が好発期になる。発達性吃音の原因は7割以上が遺伝的なものとされ、発端者の約半数に家族歴がある。一部の原因遺伝子も特定されているが、多因子遺伝とされており、遺伝形式は明確ではない。脳内で前後の言語野を接続する弓状束の異常が認められ、発達障害者支援法の対象疾患である。発達性吃音は8歳頃を境に、幼児吃音とそれ以降の吃音に区別でき、病態と対応が大きく異なる。前者は自然治癒が多いが、後者では自然治癒がまれになる。成人では人口の1%弱に認められる。発達性以外には神経原性と心因性がある。神経原性は後天性の脳損傷を原因とするが、まれである。これら以外は心因性とされるが、必ずしも明確な心因が認められないこともある。いずれの病因でも言語訓練が行われるが、神経原性では訓練効果が出にくい。

【診断・評価】吃音は、原則として呼吸と発声・構音器官に器質的な障害や可動制限がなく、これらの協調運動が不良になる中枢神経系の疾患である。最初の音(または単語の最初の部分)を繰り返したり引き伸ばす、あるいは最初の音が出にくい(難発、阻止あるいはブロックと称する)という中核症状が認められることが必須である。一般には「吃音検査法第2版」(小澤ら、2016)を使用して、中核症状が発話文節の3%以上あることで診断するが、自分の名前のみ吃る、電話でのみ話せない等、吃音頻度を計算できない場合でも、中核症状が観察されれば吃音とする。発話に際して渋面や手足を動かすなどの随伴症状は、重要な参考所見になる。中核症状を避けるか隠すための種々の工夫によって、中核症状が目立たず、そのほかの非流暢や言い換え・迂言の方が多いことがある。学齢期以降は社交不安障害等心理的な問題も頻発するため、各種の質問紙で評価するなどして、カウンセリングや認知行動療法等で対応する。

【鑑別診断】機能性・器質性構音障害、機能性発声障害、痙攣性発声障害、チック等と鑑別が必要なため、耳鼻咽喉科医の診察が必須である。吃音の症状はほとんど起声に際して生じ、いったん起声すれば持続発声部分はほぼ正常である(緊張が認められることはある)。難発は起声までに時間がかかる症状であるが、ほかの発声障害や構音障害では、起声が遅延することはまれである。最長発声持続時間は正常が多いが、腹壁の過度の緊張によって短い者もいる。音声ディアドコキネシスでは、起声に中核症状が出ることがある以外には異常を認めないことが多い。チックでは発話と関係なく症状が生じるが、吃音では発話に際してのみ異常運動(随伴症状)が生じる。神経原性吃音では、喚語困難との鑑別が必要になる。単語が脳裏に浮かんでいるが言えないのか(難発)、浮かんでいないのか(失語)、確認する。

【併存症】幼児期には言語発達遅滞や構音障害が併存する症例も多い。学齢期にはいじめを半数以上が経験し、成人期にも劣等感が強い者が多いので、支持的な対応が必要である。吃音成人の約半数に社交不安障害が併存し、2~3割に抑うつがある。10歳頃から早口言語症(クラタリング)の併発が増え、成人の2割以上に併存するが、病院では適度に緊張するために症状が出にくい。早口言語症では語中音の省略や発音の不明瞭化によって了解しえない発話になりやすい。発話速度を落とすと問題がなくなることで、早口言語症であることが確認できる。自閉スペクトラム症( ASD)が併存する小児では、文節最後の繰り返しが出やすい。成人では吃音が主訴であっても、就労には ASDによる問題の方が大きいことがある。ダウン症は語頭の繰り返しが出やすい。

【幼児期の対応】育て方に原因があると思って罪悪感を持つ母親が多いが、発吃には遺伝的影響が強いため、親の療育が原因で発症するのではないことは強調されるべきである。興奮やストレスが誘引になることがあるが、原因ではない。7割以上が2年程度の経過で自然治癒するが、外来受診する症例はやや重症に偏っているので、放置せずに、症状が出やすい条件を減らす等の環境調整をしながら経過観察を行う。症状の悪化傾向や発話に苦悶があるか、就学1年前になっても軽快傾向がない場合には言語治療を開始する。就学前健診では、発話評価をすることが望ましい。

【 8歳以降の対応】独り言や歌では吃らないくらいに発話機能が発達しており、発話運動を意識すると吃りやすくなるという病態を理解して対応する。早口言語症の併発症例では、話速低下の訓練が必須である。いずれも言語治療のみでは再発しやすく、心理的問題にも対応する必要がある。差別やいじめには診断書や言語聴覚士の意見書等で対処する。職場では障害者差別解消法や障害者雇用促進法を根拠に、合理的配慮を求めることができる。発達性吃音の症例では、就職や就労に困難があれば、耳鼻咽喉科医が意見書を書くことで、精神障害者保健福祉手帳の取得が可能になる。

森浩一
1981年 東京大学医学部卒業
1981年 東京大学医学部耳鼻咽喉科入局
1988年 東京大学大学院医学系研究科神経生理学博士課程修了・医学博士
1990年 日本耳鼻咽喉科学会専門医
1992年 東京大学医学部附属音声言語医学研究施設生理部門・助手
1998年 国立障害者リハビリテーションセンター
2013年 日本吃音流暢性障害学会設立、理事

2019/05/09 16:00〜17:30 第5会場