ドーピングとは「スポーツにおいて禁止されている物質や方法によって競技能力を高め、意図的に自分だけが優位に立ち、勝利を得ようとする行為」のことである。禁止薬物の使用については意図的であるかどうかにかかわらず、ルールに反するさまざまな競技能力を高める「方法」や、それらの行為を「隠すこと」も含めて、ドーピングと呼ぶ。これらの行為はスポーツの基本的理念であるフェアプレーに反する行為である。自分自身の努力や、チームメイトとの信頼、競い合う相手への尊敬、スポーツを応援する人々の期待などを裏切る、不誠実で利己的な行為である。ドーピングを許容してはスポーツの公平性や価値を自ら否定することになり、また競技者の健康を害し、社会的にも悪影響を及ぼすことになりかねない。
そこで必要になってくるのがアンチ・ドーピング活動である。ドーピング行為に反対(アンチ)し、公正で公平なスポーツに参加するという競技者の権利を守り、スポーツの価値そのものを守るための活動であり、教育、啓発、検査などがそれにあたる。1999年、あらゆるスポーツで国際的にアンチ・ドーピング活動を推進するために世界アンチ・ドーピング機構( WADA)が設立され、国際スポーツ界の共通ルールとして世界アンチ・ドーピング規程( WADA CODE)が策定された。このルールのもと、全世界でアンチ・ドーピング活動が行われ、日本においても2001年に日本アンチ・ドーピング機構( JADA)が設立され、国内での活動展開が可能になった。2016年に開催されたリオデジャネイロ・オリンピックでは、大会期間中に延べ4,882検体が検査された。
しかしながら1999年の WADA設立以後もドーピング検査の陽性率は徐々にではあるが増加傾向にある。2016年に WADAにより世界で実施された328,738件のうち4,822件(1.47%)、2017年度に JADAにより実施された日本国内5,251件のうち6件(0.11%)がドーピング規則違反として報告されている。その要因としては、年々増やされている検査数や新しい分析法の確立、アスリートバイオロジカルパスポートという新しい発想の検査手法などにより、これまでは見過ごされていた違反者を摘発できていることが考えられる。
WADA設立後、アンチ・ドーピング活動はますます厳格化してきている。禁止物質や禁止方法は、 WADA CODEの禁止表国際基準に定められ、少なくとも毎年1月1日に更新される。常に禁止されている物質、競技会の時だけ禁止される物質、また特定の競技において禁止されている物質などの分類があるため競技者自身が知っておく必要がある。しかしながら専門知識を持たない競技者にそれを求めることは不可能であるため、アンチ・ドーピングに関する専門知識を持つ JADA公認の薬剤師、スポーツファーマシストに相談するよう心掛けておく必要がある。さらには担当医師が禁止薬を知らないまま処方した感冒薬や花粉症薬、漢方薬を服用することにより、競技者が選手生命にかかわる不利益を被る可能性があるため、担当医はドーピング検査の対象となり得る競技者に対する治療行為(処方を含む)を行う際、アンチ・ドーピング規定を理解したうえでなされる必要がある。耳鼻咽喉科領域において注意しておくべき治療薬としては、麻黄を含む総合感冒薬や漢方薬、エフェドリン含有製剤、めまい症に対する利尿薬、突発性難聴や顔面神経麻痺に対するステロイド薬、喘息に対する吸入治療薬などが挙げられる。治療のためにどうしても禁止物質を使用しなければならない場合は、競技者自身が担当医に治療使用特例( Therapeutic Use Exemptions : TUE)の書類作成を依頼し、競技者自身が競技会前に申請し、承認を得る必要があることを知っておかねばならない。
一方で、競技者が病院からの処方薬ではなく市販薬を服用していた時に、その薬剤がアンチ・ドーピングの禁止薬であるか否かを確認したい場合または競技者から医師に確認してほしいと依頼される場合がある。 The Global Drug Reference Online( Global DRO)は web上の検索サイトで、 WADAの現行の禁止表国際基準( Prohibited List)に基づき、アスリートやサポートスタッフが禁止物質か否かを確認することができるため知っておいたほうが良い。イギリス、カナダ、アメリカ、スイス、オーストラリア、日本で販売されている薬剤の一般商品名で検索が可能である。ただし注意したいことは Global DROには、栄養補助食品(いわゆるサプリメント)に関する情報は含まれていないということである。
最後に参考資料としてスポーツファーマシスト検索、 Global DRO、日本スポーツ協会のアンチ・ドーピング使用可能薬リスト2019年版、 TUE(治療使用特例)関連書式と申請ガイドの各 HPアドレスを記載したので、是非ご確認いただきたい。
スポーツファーマシスト検索
( https ://www3.playtruejapan.org/sports-pharmacist/search.php)
global DRO JAPAN
( https ://www.globaldro.com/JP/search)
日本スポーツ協会のアンチ・ドーピング使用可能薬リスト2019年版
( https ://www.japan-sports.or.jp/Portals/0/data/supoken/doc/antidopinglist2019.pdf)
TUE(治療使用特例)関連書式と申請ガイド2018
( https : //www.realchampion.jp/download/6)
福田裕次郎
2002年 山口大学医学部卒業
2002年 山口大学医学部耳鼻咽喉科 入局
2011年 愛知県がんセンター中央病院 頭頸部外科レジデント
2014年 山口大学医学部耳鼻咽喉科 助教
2015年 愛知県がんセンター中央病院 頭頸部外科医長
2017年 山口大学大学院 医学博士
2017年 川崎医科大学耳鼻咽喉科 講師
資格
日本耳鼻咽喉科学会専門医・指導医
日本がん治療認定医機構がん治療認定医
日本頭頸部外科学会頭頸部がん専門医
日本水泳連盟アンチ・ドーピング委員
日本アンチ・ドーピング機構認定シニアドーピング検査員
日本スポーツ協会公認スポーツドクター
2019/05/09 16:00〜17:30 第1会場