アスリートのパフォーマンスに影響し得る口腔・咽喉頭疾患には、運動によって誘発される疾患や睡眠時無呼吸症候群などがある。また、「声を出せ!」という指導はスポーツの現場ではよく聞かれる。発声とパフォーマンスは関係しているのだろうか。スポーツと口腔・咽喉頭について考えてみたい。
運動誘発性喉頭閉塞症( Exercise-induced laryngeal obstruction : EILO)は、高負荷の運動中に発症する Vocal cord dysfunction( VCD)であり、本来開大すべき吸気中に声帯が内転し呼吸困難を来す。運動負荷がピークに至った時に発症し、喘鳴は吸気時に頸部主体で認められ運動終了後1〜5分で改善する。突然の呼吸困難と胸痛・咽頭痛からパニックや過換気を合併しやすく、また運動誘発性喘息( Exercise-induced asthma : EIA)と症状が似ていることから、過換気症候群や EIAとして治療されることも多い。安静時の喉頭に異常は認められず、持続的喉頭内視鏡( Continuous laryngoscopy during exercise : CLE)を用いて運動負荷中の声帯を観察し診断する。治療はリラックスした正しい呼吸法の習得だが、アスリートの場合は、患者自身がエルゴメーターなどで運動負荷をかけながら CLEモニターに映しだされる自分の声帯を観察し、リアルタイムで呼吸法を変更・確認・修正する視覚的フィードバック方法が有用である。北欧諸国では健康な若者における有病率は5.7〜7.5%だがアスリートでは35.2%とさらに高い。2017年4月 EILOの国際会議が初めて開催され注目の疾患であるが、本邦での認知度はまだ低く、喉頭に原因があるにもかかわらず適切な加療を受けられずにいる EILOのアスリートが国内に多く存在する可能性がある。若いアスリートが運動中の呼吸困難や過換気を主訴に来院しステロイド治療が無効の場合には、 EILOも念頭に置かねばならない疾患のひとつになる。
呼吸器の運動誘発性疾患の責任部位は鼻から気管支まで広く認められる。運動誘発性喘息は運動誘発性気管支攣縮( Exercise-induced bronchoconstriction : EIB)によって発症し、症状のピークは運動後3〜15分後と言われている。咳をともない、ステロイド治療が有効である。食物依存性運動誘発アナフィラキシー( Food-dependent exercise- induced anaphylaxis, FDEIA)は、食後2時間以内の球技やランニングなど高負荷の運動によって発症する。原因食物は小麦と甲殻類が多く、治療は運動2時間前の原因食物摂取禁止である。
睡眠時無呼吸症候群( Sleep apnea syndrome : SAS)は特に重量級のアスリートにおいて重要である。アメリカにおける SAS有病率は4%だが、アメリカのアメリカンフットボール選手における調査では大学選手の8%、 NFLプロ選手の14〜19%に SASが認められた。日本では力士における調査があり睡眠中の SpO2異常は23人中11人であったと報告されている。また、鼻腔通気度が無呼吸低呼吸指数( Apnea hypopnea index : AHI)に影響し、水泳環境や寒冷環境がアスリートの鼻炎に影響することから、競泳・水球・飛込・陸上近代5種などの競技やスキー・スケートなどの競技のアスリートでは、鼻閉、口呼吸、鼾、 SASが問題になっている可能性がある。登山においても、 SASは特に注意しなければならない疾患のひとつである。 3, 000m以上の高山では低酸素による呼吸刺激と過換気に伴う低炭酸ガス血症による呼吸抑制が同時に発症し、12〜14秒の無呼吸と換気が交互に生じる。つまり平地で閉塞性睡眠時無呼吸症候群( obstructive SAS : OSAS)である患者が高地に行き CPAPを使用しない場合には、 OSASに中枢性睡眠時無呼吸( central SAS : CSAS)が加わることになり、生命に影響する。平地で AHI 53.6、最低 SpO2値51%であった症例が富士山で AHI 99.9、最低 SpO2値39%を示したとの報告がある。
発声とアスリートのパフォーマンスに関する研究は少ない。しかし、発声することによりパフォーマンスが良くなると信じているアスリートは56%にのぼる。剣道では持続的発声が呼気の CO2排出を抑制するとの報告もあり、発声がスポーツに対してなんらかの影響を与える可能性はある。
手術時期も問題となる。来年オリンピック・パラリンピックを迎える今、海外遠征、強化合宿、代表選考会など重要なイベントが続く。術後の安静期間も一般人と異なりパフォーマンスが落ちることを考えると長くは取れず、また競技により運動負荷や競技環境も異なるため術後安静に対する明確な基準もない。さらに医療側にも正しいドーピング知識が必要となる。アスリート治療はいわゆる“めんどうくさい”が、その選手の活躍をニュースで目にした時の喜びは大きい。めんどうがらずに日本選手の活躍の一翼を耳鼻咽喉科医も担って欲しい。耳鼻咽喉科の専門知識にはその価値があると考えている。
大谷真喜子
1985年 関西医科大学卒業
1991年 関西医科大学耳鼻咽喉科大学院卒業
1992年 INSERM U-254(フランス・モンペリエ)フランス政府給費留学
1993年 関西医科大学耳鼻咽喉科
1994年 済生会泉尾病院耳鼻咽喉科
1999年 大道会大道病院耳鼻咽喉科
2006年 細田耳鼻科EAR CLINIC
2016年 和歌山県立医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科博士研究員
2018年 和歌山県立医科大学耳鼻咽喉科・頭頚部外科講師
日本耳鼻咽喉科専門医、日本めまい平衡医学会専門会員、日本抗加齢医学会専門医、ICD、
日本水泳ドクター会議会員、スポーツドクター、障がい者スポーツドクター
2019/05/09 16:00〜17:30 第1会場