第120回 日本耳鼻咽喉科学会総会・学術講演会

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はじめに:扁桃周囲膿瘍は発熱と咽頭痛や嚥下痛、開口制限を主症状とし、一側性の口蓋扁桃の突出と発赤を認め、その診断は容易である。治療も強力な抗菌薬投与と膿瘍の穿刺あるいは切開排膿を行えば速やかに治癒する。しかし、開口制限がなく中咽頭に炎症所見を認めない下極型の扁桃周囲膿瘍は、時に見落とされることがある。また、抗菌薬の効果が乏しい症例、穿刺や切開排膿が困難な場合、重症例では呼吸困難を伴い気管切開が必要となることがある。したがって、扁桃周囲膿瘍を正しく診断し、適切な治療法を選択するためには、本症の病態そして抗菌薬に加えて外科的治療法の適応を理解することが重要と考える。
そこで、本講演では、当科で即時膿瘍扁摘を行った症例を中心にまとめるとともに、抗菌薬の組織移行を検討した研究結果をもとに、本症の病態と治療についてそのエビデンスを提示し解説してみたい。

1. 扁桃周囲膿瘍の病型分類とその特徴
扁桃周囲膿瘍は扁桃の炎症が陰窩を穿通し被膜外に波及して生じると考えられているが、被膜内や被膜間に膿瘍を形成する症例があることも報告されている。そこで、その症例のCT 所見および即時膿瘍扁摘時の所見から膿瘍を被膜外と被膜内に分類し、さらに膿瘍の形状から帽子の形をしたCap 型と卵型の形をしてOval 型とに分類して両者を比較したところ、被膜外膿瘍はCap 型、被膜内膿瘍はOval 型を呈することが多いことが示された。さらに、CT の冠状断で口蓋垂先端が描出される高さより上方に膿瘍を認めるものを上極型、それよりも下方にあるものを下極型と分類したところ、CRP 値は上極型よりも下極型が、Oval 型よりもCap 型が高値で、上極Oval 型と下極Cap 型では有意な差がみられた。また、下極Cap 型は病悩期間がほかの型と比較して短く、気管切開が行われた症例はすべて下極型であり、Oval 型よりもCap 型で多かった。すなわち、下極Cap 型は急速に炎症が増悪し気道閉塞を起こすことが多いため、気道管理に留意するとともに外科的処置を含めた積極的な治療が必要と考えられる。
また、咽頭粘膜間隙外へ進展した症例が10例あり、その中の9例は下極Cap 型であったことから、下極Cap 型の扁桃周囲膿瘍は深頸部膿瘍を発症するリスクが高いと思われる。しかし、この10症例はすべて頸部外切開による排膿を行うことなく膿瘍扁摘のみで治癒しており、膿瘍扁摘の有用性を示す根拠となるとともに、膿瘍が咽頭粘膜間隙外に進展し舌骨上にとどまる場合は膿瘍扁摘の良い適応になると考えられる。

2. 薬剤の組織移行からみた臨床的特徴
扁桃周囲膿瘍における抗菌薬の組織移行を観察するため、膿瘍扁摘前にガレノキサシン(GRNX)を服薬させ、術中に採取した血清、口蓋扁桃、膿汁中の濃度を測定した。その結果、膿汁へは血清の約半量しか移行せず、患側口蓋扁桃は健側と比較して有意に薬剤移行性が低かった。したがって、本症の膿瘍に対しては積極的な外科的処置によってこれを排除することが重要であり、抗菌薬の扁桃への組織移行に左右差があることが本症の多くが一側性に発症する要因であることが推測された。
さらに、それぞれの患者の病悩日数、術前検査でのCRP 値と白血球数、造影CT の軸位断における膿瘍の最大径とring enhancement の有無を検討項目として、GRNX の組織内濃度とを比較検討した結果、膿汁、患側扁桃、血清中のGRNX 濃度および膿汁/血清比、患側扁桃/血清比はいずれもCRP 値、白血球数、膿瘍径と負の相関を示した。また、ring enhancement がないもの、病悩日数が短い症例ほど膿汁および患側扁桃中のGRNX 濃度が低値であった。すなわち、炎症反応が高度で膿瘍径が大きい症例や、病悩期間が短く造影CT でring enhancement が認められない症例では、抗菌薬の組織移行が不良であることが示された。

まとめ:扁桃周囲膿瘍の診療に際してはその局在部位を確認し、下極Cap 型に対しては慎重な気道管理を行うことが重要である。また、重症例では抗菌薬の組織移行性が低下しているため、薬剤感受性だけでなく組織移行性に優れる抗菌薬を選択し、積極的な外科的処置を行う必要がある。

黒野祐一(鹿児島大学教授)

1980年 鹿児島大学医学部卒業
1980年 鹿児島大学医学部耳鼻咽喉科入局
1982年 大分医科大学耳鼻咽喉科助手
1993年 大分医科大学耳鼻咽喉科講師
1996年 大分医科大学耳鼻咽喉科助教授
1997年 鹿児島大学医学部耳鼻咽喉科教授
2003年 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科耳鼻咽喉科・頭頸部外科学教授

2019/05/09 14:00〜14:30 第1会場