Ⅰ.日本の高齢化の現状
わが国の総人口は2015年10月1日現在、1億2,711万人となった。65歳以上の高齢者人口は3,392万人、男女別にみると、男性は1,466万人、女性は1,926万人、性比(女性人口100人に対する男性人口)は76.1と女性優位となっている。65歳以上人口が総人口に占める割合(高齢化率)は26.7%、うち、65~74歳人口(前期高齢者)は1,752万人で総人口に占める割合は13.8%、75歳以上人口(後期高齢者)は1,641万人で総人口に占める割合は12.9%である。高齢化率が21%を超えると超高齢社会と呼ばれる。高齢者人口は、いわゆる「団塊の世代」(1947~1949年に生まれた人達)が65歳以上となった2015年には3,392万人となり、日本における高齢化率は、2015年10月1日現在で26.7%となった。2025年には、相対的に人口の多い「団塊の世代」が75歳、つまり「後期高齢者」となる。高齢者人口は約3,677万人となり、高齢者人口の割合が人口全体の約30%に達すると予測されている。その結果、社会的にさまざまな事象が生じると予想され、「2025年問題」としてさまざまな分野で対策が考えられている。その後も高齢者人口は増加し、2042年に3,878万人でピークを迎え、その後は減少に転じるが高齢化率はさらに上昇し、2060年には約40%になり、2.5人に1人が65歳以上、4人に1人が75歳以上になると予測されている(内閣府統計)。わが国は既に、世界でも有数の超高齢社会となった。
Ⅱ.高齢者のめまいと平衡障害
1. 高齢者のめまいと平衡障害、転倒
平成28年国民基礎健康調査の概況によると、めまいの有訴者率(人口1,000人あたりの「ここ数日、病気やけが等で自覚症状のある者(入院者を除く)の数」)は、全年齢では男性13.2人、女性30.2人であるのに対して、65歳以上の高齢者では男性25.0人、女性41.0人、75歳以上の後期高齢者では男性31.9人、女性50.6人と、高齢者においては、めまいの有訴者率が高率になることが報告されている。75歳以上の高齢者の30%以上が体平衡の異常を訴えているとする報告もある。高齢者におけるめまいや平衡障害は、転倒のリスクファクターである。65歳以上の高齢者を対象に、転倒のリスクファクターについて検討を加えたメタアナリシスによると、めまいや平衡障害があると転倒のリスクは約2倍になり、脳卒中の既往と同程度のリスクファクターであることが報告されている。また、高齢者によくみられる大腿骨近位部骨折の74%は転倒が原因とされる。
⑴ 耳鼻咽喉科疾患によるめまい
65歳以上の高齢者においてめまいを来す疾患の60.7%は末梢前庭障害で、65歳未満(62.3%)と差を認めなかった。末梢前庭障害については全年齢層で良性発作性頭位めまい症(benign paroxysmal positional vertigo : BPPV)が多く、高齢者では65歳未満に比して、有意にその頻度が高かった。メニエール病は高齢者よりも中年層に多いが近年、発症年齢の高齢化が進んでいる。
⑵ 加齢性平衡障害
加齢に伴う変性や萎縮は三半規管や耳石器の感覚細胞(有毛細胞)から前庭神経まで末梢前庭系全体に及ぶ。半規管動眼反射(semicircular―ocular reflex : ScOR)の利得は、低周波数領域(0.0025~0.5Hz)については高齢者でも比較的保たれるが、高周波数領域については、video head impulse test (vHIT)を用いた検討によると、79歳まではScOR の利得は1.0、すなわち正常であるが、80歳を超すと徐々に利得が低下(0.012/年)すると報告されている。耳石器の加齢変化については、cervical vestibular evoked myogenic potentials(cVEMP)とocular vestibular evoked myogenic potentials(cVEMP)を用いた検討によると、両者の振幅は49歳までは一定であるが、50歳を超すと徐々に低下することが報告されている。平衡感覚の維持に携わっているシステム全体の加齢変化に伴って生じるめまいや平衡障害は、加齢性平衡障害(presbystasis)と呼ばれている。三半規管や耳石器の感覚細胞、前庭神経や視覚、体性感覚などの入力系はもちろん、これらからの入力を統合処理している前庭神経核や舌下神経前位核(nucleus prepositus hypoglossi : NPH)、前庭小脳で構成されるneural store(神経積分器の一種)、多モダリティ感覚領域である頭頂―島前庭皮質(parieto―insular vestibular cortex : PIVC)、頭頂連合野のVIP 野(ventral intraparietal area)にも加齢変化が生じる。
2. 高齢者の耳鼻咽喉科疾患への対応
⑴ 良性発作性頭位めまい症
高齢者においてBPPV はめまいや平衡障害を来すだけではなく、転倒の原因にもなる。BPPV に対しては、浮遊耳石置換法(canalith repositioning procedure : CRP)と呼ばれる一種の理学療法が積極的に行われるようになった。CRPの施行にあたっては、一連の操作を最初から最後まで、正しい順序でかつすべてを行う必要がある。高齢者では頸椎や腰椎の変形などの整形外科学的疾患や骨粗鬆症などの合併のため、CRP の施行に際して必須である頭位や体位、動作が行えないことがある。CRP の施行が困難な症例に対してわれわれは、非特異的な運動療法である寝返り運動(rolling―over maneuver : ROM)で治療を行っている。BPPV 症例(後半規管型・半規管結石症)を対象にCRP とROMの有効性について検討を加えた。眼振が消失するまでの期間、回転性めまいが消失するまでの期間のいずれについても、両群の間で統計学的有意差を認めなかった。CRP はBPPV に対する標準的な治療法であるが、体動に制限のある患者には適さない。そのような症例に対してはROM が有用と考えられる。
⑵ メニエール病
メニエール病は高齢者よりも中年層に多いが発症年齢の高齢化が進んでいる。メニエール病の発症ならびに再発、増悪にストレスが強く関与していることが近年示されるようになった。めまい疾患における心因の関与を調査することを目的に、MMPI(Minnesota Multiphasic Personality Inventory)の日本語版の一つであるTPI (Todai Personality Inventory)を用いて調査を行った。メニエール病患者の60%が、「自分を偽ってでもよくみせかける傾向あり」と判断された。メニエール病患者の特徴とされる行動特性のタイプA、自己抑制、ストレスを生みやすい行動特性とほぼ同様の意義を有する結果と考えられる。高齢者には、健康の喪失に対しての不安、孤独など、高齢者に特有な悩みがある。高齢のメニエール病患者の診断や治療を行うにあたっては、高齢者に特有な悩みに対する配慮も必要と思われる。
3. 加齢性平衡障害への対応
⑴ 耳石器機能低下への対応
ア.振子様OVAR を用いた良性発作性頭位めまい症の耳石器機能評価
偏垂直軸回転検査(off―vertical axis rotation : OVAR)を用いて、BPPV の耳石器機能について検討を加えた。垂直軸回転(earth vertical axis rotation : EVAR)とOVAR(30度nose―down、nose―up)の条件下で最大角加速度60度/秒、周波数0.4Hz、0.8Hz で振子様回転刺激を加えた。OVAR を振子様刺激で行うと、被験者頭部には回転角加速度と直線加速度が同時に加わるため、ScOR 由来の眼振と耳石器動眼反射(otolith―ocular reflex : OOR)由来の眼振が重畳した眼振が解発される。回転椅子に傾斜を加えても、外側半規管に加わる回転角加速度はEVAR と同様なので、OVAR で解発される眼振のうち、ScOR によって解発される眼振は、EVAR で解発される眼振と理論上は同等と考えられる。BPPV 患者においては0.8Hz nose―up OVAR の利得がEVAR に比し有意に低下した。また、ふらつきあり群と、ふらつきなし群に分けた場合、ふらつきあり群の0.8Hz nose―up OVAR で利得が有意に低下した。BPPV 症例のふらつきは、耳石器機能障害が原因である可能性が示された。
イ.振子様OVAR を用いた良性発作性頭位めまい症の耳石器機能の回復評価
BPPV の回復前(典型的な頭位あるいは頭位変換眼振が認められる時期)と回復後(頭位あるいは頭位変換眼振が消失した時期)の耳石器機能を比較する目的で、OVAR とEVAR を行い、両者の利得を比較した。刺激条件については上記ア.と同様である。BPPV の回復前では0.8Hz nose―up OVAR で、利得の有意な低下を認めた。他条件では有意な差を認めなかった。一方、BPPV 回復後では0.8Hz nose―up OVAR においても健康成人と同様のパターンを示すようになり、利得の有意な低下を認めなくなった。0.8Hz nose―up OVAR の利得は、回復前に比べ回復後で有意に増加した。この利得の変化は、BPPV 患者の耳石器機能が回復した結果と考えられた。
ウ.半規管動眼反射と耳石器動眼反射の可塑性における機能連関
ScOR の利得を視覚―前庭矛盾刺激により変化させ、OOR に対する影響についてOVAR を用いて検討を加えた。またOOR の利得を同じく、視覚―前庭矛盾刺激により変化させ、ScOR に対する影響について直線加速度刺激装置(linear sled)を用いて検討を加えた。その結果、ScOR の利得の増減とOOR の感度の増減はおおむね相関する傾向を示した。ScOR とOOR の調節には共通のシステムが用いられている可能性が示唆され、ScOR とOOR は互いに機能連関している可能性が強く示された。前庭リハビリテーションの主な目的は、前庭代償により低下したScOR の利得を増加させることである。ScOR とOOR の機能連関によって、耳石器機能低下が原因で生じているめまいや平衡障害に対しても前庭リハビリテーションが有用であると考えられる。
⑵ 体性感覚入力の利用
ア.微小重力環境下における空間識および眼球運動の形成機構(スペースシャトル・コロンビア上での実験結果を踏まえて)
EVA で回転刺激を加えると外側半規管が刺激を受け、被験者頭部水平面ならびに地面に対して水平方向の眼振(回転中眼振)が解発される。このまま等速回転刺激を続けると眼振は指数関数的に減衰しその後消失する。ここで回転刺激を急に止めると回転後眼振(post rotatory nystagmus : PRN)が出現する。その方向は頭部水平面ならびに地面に対して水平方向で回転中眼振とは反対方向の眼振となる(図1A)。ところが、回転刺激停止直後、頭部をroll 平面で傾斜するとPRN の方向は、地面に対して水平方向、つまり頭部水平面に対しては斜め方向(斜行性眼振)となる(図1B)。このようにPRN の眼球回転軸は、重力軸(gravito―inertial axis : GIA)に一致する傾向を示す。この現象はvectoring と呼ばれ、EVA で回転刺激を加えた後、頭部を傾斜した場合は、外側半規管よりの回転角加速度情報と耳石器で受容された重力加速度情報が統合処理された結果、PRN の方向が変化すると考えられている。偏中心回転刺激(eccentric rotation : ER)(図2)を行うと、被験者頭部には回転角加速度に加えて遠心力による直線加速度が同時に加わる。等速回転刺激を加えた場合は回転中、被験者頭部に加わる刺激は直線加速度のみとなる。図2に示すよう、被験者を回転方向に向かって座らせて等速回転刺激を加えると、被験者の両耳方向に直線加速度が加わる。体幹長軸方向には重力加速度が加わっているので、被験者頭部に加わる直線加速度の方向はこれら両者のベクトルとなり頭部斜め方向となる。微小重力環境にある一定期間滞在すると、地球上ではGIA に一致する傾向を示す傾向を示していたPRN の方向が、被験者自身の体幹長軸方向に一致する傾向を示すようになり、眼球反対回旋(ocular counter roll : OCR)の発現も抑制されることが、サルを用いた宇宙実験で確かめられている。著者は、1998年にスペースシャトル・コロンビア上で行われたニューロラブ計画に、米国Mount Sinai 大学医学部神経科Bernard Cohen 教授の共同研究者として参加し、微小重力環境に曝されると、GIA に一致する傾向を示す眼球運動の軸が体幹長軸方向に移動するかどうかについて宇宙飛行士(4名)を被験者として検討を加えた。実験にはER を用いた。被験者の両耳方向(left ear out : LEO、right ear out : REO)および、体幹長軸方向(lie on back : LOB)に、1.0G および0.5G の遠心力による直線加速度を付加して、回転刺激中、被験者は移動感覚を感じるのか傾斜感覚を感じるのか、傾斜感覚であればその角度、ならびに解発される眼球運動は水平性眼振なのかOCR なのかについて検討を加えた。LEO ならびにREO では4名の被験者全員が左右方向の移動感覚ではなく傾斜感覚を自覚した。LOB でも被験者全員が上下方向の移動感覚ではなく、頭部が下になるような傾斜感覚を自覚した。LEO、REO ではOCR が解発された。ER では回転中、遠心力により臀部や背面などと椅子との接触面に“ずれ”の感覚、肘や体の側面など回転中心と反対方向で椅子と接している部位では“圧”刺激が加わる。これら体性感覚入力によって空間識が形成され、OCR も解発されたと考えられる。
イ.前庭動眼反射の可塑性に対する体性感覚入力の影響(振子様回転刺激を用いて)
(ア)両上腕外側への体性感覚(触覚・圧覚)刺激がVOR の可塑性に及ぼす影響
被験者の上腕外側部を左右方向に、交互に圧迫することによる体性感覚(触覚・圧覚)刺激が、VOR の可塑性におよぼす影響について検討を加えた。体性感覚刺激を40分間加えながら回転刺激を加えると体性感覚刺激の方向と関係なくEVAR の利得は有意に低下した。体性感覚刺激を20分間に短縮しても同様の結果であった。一方、OVAR の利得には有意な変動を認めなかった。体性感覚刺激を加えると、EVAR の利得は低下したがOVAR の利得には変化を認めなかったことより、体性感覚刺激によってOOR の利得が増加し、これによってEVAR の利得低下が相殺されたためOVAR の利得は体性感覚刺激前後で差を認めなかったと考えられる。今回われわれが用いた体性感覚刺激は、被験者の体幹(両肩)左右方向の直線加速度に相当する刺激なので、回転角加速度が適刺激であるScOR に対しては、非合目的な感覚情報として脳内で処理された結果、これを抑制する方向に可塑性が生じ、EVAR の利得は低下したと考えられる、一方、直線加速度が適刺激であるOOR に対しては、左右方向の体性感覚刺激は合目的な感覚情報として脳内で処理された結果、これを促進する方向に可塑性が生じ、OVAR におけるOOR の利得増加が生じたと考えられる。
(イ)肩関節に対する回転刺激が半規管動眼反射におよぼす影響
肩関節に対する回転刺激がScOR に及ぼす影響について検討を加えた。回転装置の床部分と天井部分に固定した金属製の棒を、握った状態と握っていない状態で振子様回転刺激を加えて、両者のScOR の利得を比較した。0.2Hz において、棒を握らせて肩関節にも回転刺激を加えた場合のScOR の利得が有意に増加した。また、ほとんどの被験者が「棒を握った状態のほうがこれを握っていないときに比べて、自分の体の位置が分かり安定感があるため安心した。」という感想を述べた。視運動性眼振の回転ドラムの中に被験者を座らせ、暗所下で回転ドラムの内面に手のひらを接触させた状態で回転ドラムを回転させて、被験者が上腕を受動的に回転ドラムと一緒に動かす行為を繰り返すと、視運動刺激や前庭刺激がないにもかかわらず、上腕の回転方向と反対方向への急速相を有する眼振(arthrokinetic nystagmus : AKN)が解発される。同時にyaw 方向の自己回転感が出現することが報告されている。棒を握り常に腕が肩関節で回転することによりAKN が解発され、ScOR の利得が増加したと考えられる。前記アおよびイの実験結果は、視覚入力を主体とした前庭リハビリテーションに加え、体性感覚などほかの感覚入力を積極的に活用して行う前庭リハビリテーションの有用性を示す結果と考えられる。
(ウ)体性感覚がOcular counter roll に及ぼす影響の検討
体性感覚入力のOCR への影響について検討を加えた。1)長椅子にクッション性のあるマットを備え付け、その上に被験者を座らせ、座位から右側臥位90度に倒し、10秒以上静止状態を保った後OCR を測定、その後正面に戻す。次に正面座位から左側臥位90度に倒し、10秒以上静止状態を保った後OCR を測定、その後正面に戻す。2)長椅子に備え付けられた、クッション性のあるマットを外し、木製の固い長椅子が直接体に当たる状態を作った。その際、被験者に軽度の疼痛が生じるため、これを体性感覚入力が強い状態と仮定した。この状態で上記1)と同様の手技を行った。眼球の記録には赤外線フレンツェル眼鏡を用いた。マットなしの場合のOCR は、マットありの場合と比べ、回旋角度が大きくなる傾向が見られたが、統計学的有意差は認められなかった。OCR は卵形嚢の寄与が大きく、卵形嚢神経の電気刺激でOCR が生じることや、滑車神経に2シナプス性興奮が生じることが報告されてきた。しかし、卵形嚢と対側滑車神経運動ニューロン間のシナプス性神経回路は非常に弱いとの報告もあり、OCR の神経機能は多シナプス性の複雑なものである可能性が示されている。従って、OCR は耳石器以外の入力の影響も受けやすいと推測される。本研究で2群間に有意差が見られなかった理由として、本方法では重力の有無や内臓・体液移動の感覚等には差がなかったため、体性感覚の入力の差がoutput としてのOCR に影響を及ぼすには至らなかったと考えられる。
Ⅲ.今後の展開
1. 高齢者めまい患者に対する前庭リハビリテーションと杖使用の効果の検討
めまいや平衡障害を有する65歳以上の患者を対象として、前庭リハビリテーションおよび杖使用の効果について検討を加えた。前庭リハビリテーションを2カ月間施行するとDHI は有意に改善したが、重心動揺検査(軌跡長、外周面積、単位面積長)、歩行検査(歩幅、歩行速度)では有意な改善を認めなかった。杖を使用すると、重心動揺検査の各パラメータの有意な改善を認めたが歩行検査では有意な変化を認めなかった。前庭リハビリテーション施行後、杖を用いて歩行検査を行うと速度、歩幅が有意に改善した。高齢者では活動性が個人によって大きく異なり、それが歩行速度へ影響を及ぼす。活動性が少ない人ほど歩行速度が遅く、歩幅、歩行率も低値を示す。正常歩行は歩行の遂行、フィードバック、サポートシステム等がうまく協調することによって可能となる。フィードバックシステムとして大切なのは、前庭系、視覚系、体性感覚系などからの情報であり、頭頂葉で統合され前頭葉との協力で歩行運動の遂行がなされる。杖の使用だけでは歩幅と歩行速度の有意な増加を得ることはできなかったが、前庭リハビリテーションによって、前庭代償による前庭系の左右差の改善、杖を介して手掌と指の内側面に“圧”と“ずれ”による体性感覚情報入力を積極的に活用することが促進されるようになり、相乗効果によりこれらのパラメータが改善したと考えられる。
2. 視覚刺激の“あいまいさ”が前庭動眼反射におよぼす影響
多感覚による前庭リハビリテーションにおいて、感覚間での空間知覚の精度の差は、リハビリテーション効果の予測を困難にする原因のひとつと考えられる。前庭リハビリテーションにおける多感覚刺激を視覚刺激と量的に比較、検討するための基礎データとして、視覚刺激によるScOR への影響において、視覚刺激の“あいまいさ”が及ぼす影響について検討を加えた。視覚刺激の明瞭さ(コントラスト)を変化させて、明瞭さの異なる視覚刺激提示がScOR におよぼす影響について検討を加えた。Earth Fixed 条件では視覚刺激のコントラストにかかわらず、ScOR の利得はおおむね1.0であった。Head fixed 条件では、視覚刺激の提示によりScOR は抑制されたが、輪郭のぼやけたコントラストの低い視覚刺激ではScOR の利得がほかの指標より大きく、ScOR に対する抑制効果が少ない可能性が示された。ScOR の抑制系はより精度の高い視覚位置情報によって駆動されることが示唆され、ScOR の抑制量として多感覚間の空間知覚の精度を比較する必要があると考えられる。
Ⅳ.終わりに
われわれ“ヒト”は、二足歩行をすることにより四つ足の一部にすぎなかった前肢を、“手”として使用することが可能となった。その結果、それまでは4本の足で支えていた体を2本足で支えなくてはならなくなった。また巨大化した脳を内包する頭部が身体の中で一番高い部位に位置することとなり、物理的に非常に不安定な構築となった。直立姿勢を保持するにあたっては、倒れようとする身体(偏倚)に対して、元に戻そうとする反射(立ち直り反射)が繰り返し生じることによって姿勢が維持されている。この姿勢制御の主役は前庭系である。ヒトにとっては長所であったこの特殊な構築が、前庭系の加齢変化により負担となり最悪の場合転倒してしまう。前庭系の加齢変化への対応策として、中枢前庭系が有する代償機構をいかに有効利用するかを、主に回転刺激装置を用いて取り組んできた。中枢前庭系が有する強力な代償機構を、さらに効率的に活用することができる手法や手段を、次世代の先生方に是非とも開発していただければと願っている。
肥塚 泉
略歴
昭和56年 聖マリアンナ医科大学卒業、大阪大学医学部耳鼻咽喉科入局
昭和63年 大阪大学医学部耳鼻咽喉科 助手
平成 2年 米国ピッツバーグ大学医学部耳鼻咽喉科留学
平成 4年 大阪大学医学部耳鼻咽喉科 学内講師
平成 6年 東大阪市立中央病院耳鼻咽喉科 部長
平成 7年 聖マリアンナ医科大学耳鼻咽喉科 講師
平成 9年 聖マリアンナ医科大学耳鼻咽喉科 助教授
平成12年 聖マリアンナ医科大学耳鼻咽喉科 教授
2019/05/11 11:40〜12:40 第1会場