緒言
講演者は、1979年3月に山口大学医学部を卒業後、九州大学生体防御医学研究所免疫部門で大学院生として、Tリンパ球の個体発生や機能に関する研究を行い、1983年4月に大分医科大学医学部耳鼻咽喉科の助手として採用され、1985年11月に講師に昇任し、耳鼻咽喉科医として研鑽を積んできた。1986年9月から1988年3月まで、オハイオ州立大学医学部耳鼻咽喉科学講座耳科学研究室で、内耳の免疫ならびに内リンパ水腫の病態に関して研究を行った。1994年8月から島根大学医学部耳鼻咽喉科学講座の教授として赴任し現在に至るまで、上気道炎症性疾患であるアレルギー性鼻炎や慢性副鼻腔炎の病態や治療について、免疫薬理学的観点から、種々の基礎的ならびに臨床的研究を行ってきた。
私の耳鼻咽喉科での研究活動と時期を等しくして、免疫学では自然免疫のシステムがToll 様受容体の発見により明らかとなり、抗原特異的な細胞の増殖を伴う獲得免疫へ繋ぐ経路が示されたと同時に、免疫応答の調節にも関与していることが判明した。CD 抗原やサイトカインに対するモノクローナル抗体の登場は、フローサイトメトリーによる免疫担当細胞の亜集団の解析を可能にし、免疫染色による組織切片での細胞の動態を可能にしたことで、鼻副鼻腔の炎症性疾患の病態やその制御を評価する手段となった。分子生物学的手法の進歩と普遍的な供給は、western blot、RT―PCR(Reversed Transcription―Polymerase Chain Reaction)などの蛋白やmRNA の同定、GWAS(genome―wide association study)解析での網羅的検討など、責任分子の探索を行う上で、誰にでも使える手段となった。薬理学の進歩は、抗ヒスタミン薬など種々の薬剤やその標的分子である受容体の3次元構造の解析を容易にすると同時に、生体内でのアレルギー治療薬の有効性や中枢抑制作用などの副作用を理論的に理解することを容易にした。
宿題報告では、そのような研究手法の発展の恩恵により継続することができた下記の研究内容についてその概要を報告する。① 鼻副鼻腔粘膜における免疫防御機構、② アレルギー性鼻炎の病態の解明と治療戦略の検討、③ スギ花粉症治療米を用いた経口・舌下免疫療法の構築、④ アレルギー治療薬の臨床薬理、⑤ スギ花粉症の薬物療法、⑥ 慢性副鼻腔炎のフェノタイプに基づいた治療
1 .鼻副鼻腔粘膜における免疫防御機構(自然免疫・獲得免疫)
異物排除を目的とした生体防御機構には、遭遇する抗原の特異性を認識して特異的免疫応答を誘導する獲得免疫と、異物に元来備わっている構造を認識して対応する自然免疫機構がある。獲得免疫の誘導にはクローンの増殖が必要であり、その成立に十分な時間を要するが、気道や消化管の粘膜上皮や種々の免疫担当細胞に存在するToll 様受容体(Toll―like receptor, TLR)は、異物の代謝産物であるリガンドを認識し、即座に細胞内のシグナル伝達機構を活性化させ、種々のサイトカインやケモカインなどの産生を促し、その後の免疫応答や炎症を誘導する。TLR の登場以来、上気道や下気道におけるアレルギー性炎症の病態やその修飾におけるTLR の意義については、国内外の学術誌において、原著や総説として種々の研究成果が報告されている。
上気道粘膜に存在する上皮細胞、樹状細胞、マクロファージ、肥満細胞、T細胞などについてTLR の発現が検討されており、さらにアレルギーや感染防御における関与についても検討されてきている。TLR4 はLPS の成分であるlipid A をリガンドとして認識するが、マウスではTLR4 特異的mRNA がマクロファージと同等に骨髄由来肥満細胞に発現していることが報告されており、さらには肥満細胞がIgE の架橋により活性化される際に同時にLPS 刺激を行うと、肥満細胞からのTh2 型のサイトカイン(IL―5、IL―10、IL―13)産生が増強されることが示されている。従ってアレルギー性鼻炎では、IgE の架橋による肥満細胞からのTh2 型サイトカイン産生に対して、グラム陰性菌の感染が存在すると細菌由来のLPS によってTLR4 を刺激し、アレルギー性炎症の増悪を招く可能性があると考えられる。われわれが行った検討では、northern blot にてヒトの単球の細胞株(U937)ではTLR2、TLR4、TLR6、TLR9 いずれも発現していたが、気道粘膜上皮細胞の細胞株(CCL30、A549)では、LPS 刺激で構成的にTLR2、TLR3、TLR6 を発現してくるが、TLR4、TLR9 については発現を認めなかった(PCR 法では、気道粘膜上皮細胞株においてTLR2、TLR3、TLR4、TLR5、TLR6 に特異的なmRNA の発現を認めている)。培養ヒト鼻粘膜上皮細胞におけるわれわれの検討結果では、mRNA レベルでもTLR4 に特異的な遺伝子発現を認めていない。鼻粘膜上皮細胞においても細胞上のTLR がリガンドとなる異物を認識した後の細胞内シグナル伝達経路についても種々の検討がなされ、共通のアダプター分子であるMyD88 のほか、TRAF6 などの活性化を介して、NF―κB の核内への移行を促す経路が存在する。NF―κB は炎症性サイトカインの産生に関係する転写因子として重要であるが、一方ではMAP kinase を活性化する経路も明らかにされている。今回、上気道のⅠ型アレルギー性炎症であるアレルギー性鼻炎とTLR のかかわりについても、アレルギー性鼻炎の病態の解明と治療戦略の検討の中で、われわれの研究成果を中心に紹介する。
2 .アレルギー性鼻炎の病態の解明と治療戦略の検討
―マウスモデルを用いた免疫学的検討―
アレルギー性鼻炎を制御するための手段すなわち治療戦略や予防に向けた試みは、① 現在臨床で行われている治療手段の改良という意味での近未来の方法と、② 遺伝子治療や細胞内転写因子の修飾といった未来の制御手段に分類される。臨床現場でその有用性が証明され、実用化されつつあるもの(抗IgE 抗体療法)や、逆に、効果が疑問視されているもの(抗IL―5 抗体療法)もある。遺伝子導入療法や免疫担当細胞の活性化を荷う転写因子のアンチセンス・ヌクレオチド療法など将来に向けた特異的もしくは非特異的治療手段も検討されているが、その有効性と安全性については将来的な検討を待たねばならない。アレルギー性鼻炎の治癒を求める治療手段としての確立の基本は、アレルゲン特異的T細胞のTh2 response へのバイアスをTh1 type に引き戻すことが肝要となり、いわゆる調節性T細胞の効率的な誘導も目標となり得る。感作が成立して発症してからの治療手段に限界があるように思うが、感作が成立する前に予防的な免疫療法を行うことにより、発症を回避する方向性をめざす(早期介入療法)ための研究の推進や臨床現場での治療法の開発と環境作りが望まれている。
われわれは、アレルギー性鼻炎の病態を誘導相と炎症局所での反応相に分けて理解し、発症予防という観点からのアプローチと感作成立後の症状の緩和に向けたアプローチから、アレルゲン特異的または非特異的に、動物実験を中心に行ってきた。環境衛生仮説、Toll 様受容体、経口免疫寛容との関連において、鼻粘膜や口腔さらには腸管粘膜を介した治療戦略の開発に向けた研究内容について紹介する。誘導相制御についての実験的検討では、IL―15 遺伝子導入マウスを用いた検討や溶連菌製OK432 や漢方薬を用いた内因性IL―12 産生の誘導について紹介する。反応相制御についての実験的検討では、マウスアレルギー性鼻炎モデルにおけるIL―15 の役割やLPS の影響、肥満細胞を標的とした脱顆粒やTh2 型サイトカイン産生の制御について紹介する。
溶連菌製剤OK432 を用いた内因性IL―12 産生の誘導
OK432 はヒト由来A群溶血性レンサ球菌Streptococcus pyogenes 弱毒Su 株由来の菌体成分であり、抗腫瘍性溶連菌製剤として知られている。また、OK432 は近年注目されている菌体成分の認識機構であるTLR のリガンドであるリポタイコ酸(LTA)やペプチドグリカンを多く含んでいる。ペプチドグリカンはTLR2 の、リポタイコ酸はTLR4 の特異的リガンドとして考えられている。これまでの検討により、TLR4 遺伝子変異マウスであるC3H/HeJ マウス由来のマクロファージでは、OK432 刺激により濃度依存的にIL―12 の産生が増強することを確認している。しかし、TLR2 遺伝子欠損マウス由来のマクロファージではOK432 刺激を行ってもIL―12 産生が増強されず、OK432 の単球系細胞の認識について主にTLR2 が関与していることが明らかとなった。このin vitro の結果を踏まえ、in vivo でalum を用いたマウスのTh2 反応誘導モデルを使い、OK432 のマウスアレルギー性鼻炎モデルに及ぼす影響について検討を行った。その結果、野生型であるC3H/HeN マウスでは、OK432 投与群で、非投与群に比較して、血清OVA 特異的IgE、IgG1 が有意に低値を示し、IgG2a は有意に高値を示した。しかし、TLR2 遺伝子欠損マウスでは、2群間で有意差を認めなかった。脾臓T細胞におけるサイトカイン産生能についても検討した。野生型のC3H/HeN マウスではOK432 投与群でIL―4 が有意に低値を示し、IFN―γ が有意に高値を示していたが、TLR2 遺伝子欠損マウスでは、2群間で有意差を認めなかった。以上の結果より、OK432 が誘導相においてTLR2 を介して単球系細胞よりIL―12 産生を誘導することにより、抗原特異的Th2 応答を制御していることが示唆された。臨床的には、生後早期からのアレルゲン暴露により感作が成立するまでの過程において、OK432 投与を行うことによりTh2 応答を抑制することが期待され、ヒトでの予防的治療としての可能性がある。
マウスアレルギー性鼻炎モデルにおけるLPS の影響
アレルギー性鼻炎の実効相において中心的な役割を担う肥満細胞では、in vitro の実験により、LPS 刺激でTLR4 を介してTh2 型サイトカイン産生が誘導されることが証明されているが、in vivo でのデータは少ない。われわれはマウスアレルギー性鼻炎モデルを作製し、反応相におけるLPS の影響について検討した。その結果、くしゃみの回数は、OVA 単独点鼻群と比較して、OVA とLPS 点鼻群において有意な増加を認めた。鼻粘膜組織では、OVA 単独点鼻群において好酸球浸潤を認めたが、OVA とLPS 点鼻群では好酸球浸潤がより顕著となった。鼻粘膜のTh2 型サイトカイン発現の検討では、IL―5、IL―10、IL―13 いずれもOVA 単独点鼻群で発現を認めたが、OVA とLPS 点鼻群ではOVA 単独点鼻群と比較してIL―5 の発現の増強を認めた。続いて、TLR4 の遺伝子変異マウスであるC3H/HeJ マウスと、野生型のC3H/HeN マウスを用いて、LPS の影響について検討した。その結果、TLR4の遺伝子変異マウスであるC3H/HeJマウスでは、反応相におけるLPS の同時点鼻投与の影響(くしゃみの回数、好酸球浸潤、Th2 型サイトカイン産生)を認めなかった。上記の結果から、実効相においてLPS が肥満細胞のTLR4 を介しIL―5 発現を誘導することによりアレルギー性炎症の増悪因子として作用することが示唆された。
マウスアレルギー性鼻炎モデルにおけるIL―15 の役割
IL―15 は粘膜免疫に関与する細胞群の増殖維持因子として重要な役割を果たしている。IL―15 あるいはIL―15Rα の遺伝子欠損マウスでは、腸管上皮間γδ 型T細胞、NK、NKT 細胞およびメモリーCD8T 細胞が減少しており、さらにIL―15 遺伝子導入マウスでは、メモリーCD8T 細胞の増加、Tc1 反応を介しての気道アレルギー性炎症の抑制が報告されている。さらに、IL―15 は肥満細胞の増殖活性化因子として知られており、本研究では、粘膜面でのアレルギー反応におけるIL―15 の役割を調べるため、IL―15 遺伝子欠損マウスと野生型マウスのマウスアレルギー性鼻炎について比較検討した。その結果、OVA 感作後のIL―15 遺伝子欠損マウスにおけるOVA 特異的IgE 量および脾臓におけるTh1/Th2 応答は、野生型マウスと比較して有意差はなかった。感作マウスにおけるOVA 点鼻後の症状は、IL―15 遺伝子欠損マウスで増悪しており、鼻粘膜への好酸球浸潤も亢進していた。野生型マウス骨髄由来肥満細胞(BMMC)とIL―15
遺伝子欠損マウス由来BMMC では、FcεR IおよびCD117 の発現に差は認められなかったが、IL―15 遺伝子欠損マウス由来BMMC で脱顆粒率が高く、リコンビナントIL―15 を添加することで野生型マウスおよびIL―15 遺伝子欠損由来いずれのBMMC でも脱顆粒が抑制された。さらにOVA で感作した野生型マウスにOVA と共にリコンビナントIL―15を点鼻投与したところ、症状および鼻粘膜への好酸球浸潤が抑制された結果より、IL―15 は鼻粘膜局所の実効相におけるTh2 反応を抑制することにより、アレルギー反応を制御しているものと考えられた。さらに、IL―15 は肥満細胞の脱顆粒を抑制することにより、鼻アレルギー症状を制御している可能性も示唆された。
3 .スギ花粉症治療米を用いた経口・舌下免疫療法の構築
マウススギ花粉症モデルを作製し、スギ花粉の主要アレルゲンであるCryj1 やCryj2 のT細胞エピトープの全領域を遺伝子導入され、さらにはスギ花粉特異的なIgE 抗体と結合することのないスギ花粉症治療米(transgenic rice, Tg―rice)を用いて、粘膜を介した免疫療法(経口的な自然摂取あるいは舌下投与)による鼻症状の抑制効果とその機序について、詳細に検討を行った。その概略は以下のとおりである。
農水省生物資源研究所の高岩文雄氏より供与を受けたスギ花粉症治療米を用いて、経口免疫療法あるいは舌下免疫療法の有効性につき誘導相と反応相における有効性について検討した。実験にはBalb/c マウスを用いた。まず、スギ花粉抽出物で全身感作を行う前に、治療米を経口投与あるいは舌下投与する実験系を組み、点鼻にて局所感作を行い、くしゃみや鼻掻きの症状を観察し、誘導相における経口免疫療法と舌下免疫療法の有効性を検討した。その結果、誘導相と反応相のいずれの投与においても、鼻症状の抑制効果が有意に認められた。鼻症状の抑制効果が認められた免疫療法群において、対照群と比較して、ELISA 法での血清中特異的IgE 抗体の低下や鼻粘膜への好酸球浸潤の低下が定量的な検討により明らかにされた。また舌下免疫療法を行ったマウスにおいて、対照群と比較して、頸部リンパ節由来リンパ球のアレルゲン特異的なTh2 型サイトカイン(IL―5、IL―13)産生の低下とIFN―γ の産生の亢進を認めた。
さらに、花粉症治療米の成分で遺伝子導入したT細胞エピトープを含む蛋白顆粒(protein body, PB)のみを精製した成分を用いることにより経口的自然摂取で、鼻症状の抑制に必要な有効投与量をさらに低下させることができた。また、用量依存的に血清中の特異的IgE 抗体の減少や鼻粘膜への好酸球浸潤の低下も認められた。さらに、このPB を舌下投与した実験系においても、鼻症状の抑制効果を認めることが証明された。今回の研究成果は、今後のスギ花粉症の予防的治療や発症後の治療における、有効で安全な治療薬の開発に繋がる。
4 .アレルギー治療薬の臨床薬理
抗ヒスタミン薬の薬理効果に関する免疫薬理学的検討
アレルギー性鼻炎治療薬の中心となる抗アレルギー薬は、メディエーター遊離抑制薬とメディエーター拮抗薬に分類されるが、抗ヒスタミン薬はメディエーター拮抗薬の範疇に分類される。肥満細胞上でのアレルゲンと特異的IgE 抗体の架橋によって誘導されるヒスタミンの遊離がアレルギー性鼻炎の症状発現の中心であるが、ヒスタミンは産生細胞自身や近傍の標的細胞上の受容体を介して、オートクラインあるいはパラクラインに作用することが知られている。
使用する抗ヒスタミン薬がアレルギー性鼻炎患者の症状抑制に最大の臨床効果を発揮し、有害事象を来たさないという点では、それぞれの抗ヒスタミン薬の薬力学的な特徴(最高血中濃度、最高血中濃度到達時間、血中濃度半減期)、代謝の経路、H1 受容体拮抗作用の強さ、ムスカリン受容体などのほかの受容体に対する作用、中枢抑制作用、inverse agonist 作用、免疫修飾作用の有無などを把握しておく必要がある。
われわれは、抗ヒスタミン薬のH1 受容体拮抗作用以外の薬理作用について検討してきた。ヒト気道上皮細胞株(CCL30、A549)からのリポ蛋白刺激でのTLR2 を介したIL―8 やIL―15 の産生の検討や、マウス骨髄由来の肥満細胞を用いてIgE の架橋による肥満細胞からの種々のサイトカイン産生について検討を行ってきた。その結果、細胞内シグナル伝達経路の各経路の阻害剤のみならず、アレルギー治療薬であるH1 受容体拮抗薬が、マウス骨髄細胞由来の肥満細胞からのTh2 型のサイトカイン産生を臨床用量で濃度依存的に抑制することを明らかにしている。この系では、MAPkinase 経路のうち、p―38 とErk の経路を抑制していることが示唆されている。またリポ蛋白刺激での気道上皮細胞からのIL―8 の産生をオキサトミドが臨床用量で抑制し、マウスの急性鼻炎モデルでもIL―8 の産生抑制を介して、炎症局所への好中球を中心とした細胞浸潤を制御していることが証明された。この系ではIκB の燐酸化が抑えられNF―κB の活性化が抑制されていることをDNA binding assay により明らかにした。このように、抗ヒスタミン薬が従来のH1 受容体拮抗作用薬として作用するのみならず、ほかの薬理効果によってアレルギー性炎症や感染性炎症を抑制する可能性があることも明らかにされつつある。
5 .スギ花粉症の薬物療法
スギ花粉症の薬物療法については、過去20数年間に亘って行ってきた各種アレルギー治療薬を用いた臨床研究の成果を報告したい。島根県内各地における各シーズンのスギ・ヒノキ花粉飛散量の測定の結果を基盤にして、初期療法、併用療法、症状別の病型における治療法の識別化とその有効性と安全性、さらには患者の生活の質という点からの検討結果の概略を紹介する。
6 .慢性副鼻腔炎のフェノタイプに基づいた治療戦略の確立
欧米では、慢性鼻副鼻腔炎を鼻茸の有無によって分類しているものが多いが、国内では、特殊型として、好酸球性副鼻腔炎、真菌性副鼻腔炎(寄生型、侵襲型)、アレルギー性真菌性副鼻腔炎といった臨床病理学的な分類を使用している。
従来の好中球を浸潤細胞の本態とする副鼻腔炎の臨床病理学的特徴は、副鼻腔の慢性感染性炎症であり、保存的治療として、マクロライド療法が有効である。しかし、マクロライド療法の効果が不十分な病態として、アレルギー炎症を伴うもの、中鼻道を閉塞するような鼻茸を合併するもの、粘膜上皮下の浸潤細胞が好酸球優位な症例などがある。
石戸谷らを中心としたわれわれの研究グループでは、臨床的な特徴、血液検査、画像所見、組織の病理所見、さらには薬剤の有効性などの観点から、慢性副鼻腔炎をアレルギー性鼻炎を合併しないものと合併するもの、難治性の好酸球性副鼻腔炎と3つの範疇に分類し、症例を重ね、診断、治療、予後の観点から、検討してきた。
治療法の選択
アレルギー性副鼻腔炎を伴わない慢性副鼻腔炎
小児や成人においても、通常は鼻副鼻腔の線毛運動輸送機能を改善する効果のあるカルボシステイン系の薬剤とマクロライド系抗菌薬の半量投与の併用が効果的で標準的な治療法と言える。14員環もしくは16員環マクロライド系抗生物質の作用機序については、今さら述べる必要はないと思われるが、細菌のバイオフィルム形成の抑制、炎症性細胞からの過剰なサイトカイン産生の調整作用、粘液腺からのムチンの過分泌の抑制、上皮細胞からのクロライドチャンネルを介しての水分の過剰分泌の抑制などが報告されている。
アレルギー性鼻炎を合併した難治性慢性副鼻腔炎
慢性副鼻腔炎に対する保存的治療として、消炎酵素薬を併用したマクロライド系抗生物質の少量長期投与が有効な治療法として頻用されているが、アレルギー性鼻炎や鼻茸などの閉塞性病変を有する場合は、治療による改善が得られない場合がある。アレルギー性鼻炎を合併する難治例の副鼻腔粘膜では、鼻粘膜組織中の好酸球浸潤が強く認められ、I型アレルギーの関与も示唆されている。アレルギー性鼻炎を合併する慢性副鼻腔炎においては、アレルギー性の鼻粘膜腫脹により自然口が閉塞し、換気障害、排泄障害が起こっていることが想定される。この粘膜腫脹に対して抗アレルギー薬を併用し副鼻腔との換気状態を是正することで病態の改善を図る方法が考えられる。また、両疾患合併例においては、鼻茸や副鼻腔粘膜に過剰な好酸球浸潤が見られ、副鼻腔貯留液にIL―4 やIL―5 など好酸球の遊走・活性化に関与するサイトカインが存在することも報告されており、サイトカインの産生を抑制し、好酸球の浸潤・活性化を抑制できる抗アレルギー薬の投与も治療法の一つとして考えられる。このような理論武装で、両疾患合併例に対して、ケミカルメディエーターの遊離抑制作用に加えて、Th2 細胞からのサイトカイン(IL―4、IL―5)産生を抑制し、好酸球の浸潤・活性化を抑制することが報告されているトシル酸スプラタストとマクロライドの併用投与による治療法について検討し有用であることを示した。両疾患合併例での病態から見て、副鼻腔の炎症性産物の自然口からの排泄をつけるという合目的な治療法の確立という点で、一つの例を示唆したものと理解されるべきであり、アレルギー性鼻炎を合併した治療に抵抗する慢性副鼻腔炎の保存的治療法として、マクロライドと抗アレルギー薬であるトシル酸スプラタストの併用療法も有用な治療法の一つになる。
好酸球性副鼻腔炎
好酸球性副鼻腔炎は、通常の副鼻腔炎に対するマクロライド療法が奏功せず、内視鏡下鼻副鼻腔手術を行っても再燃することが多い。薬物療法としてはステロイド薬の全身投与しか有効でないというのが現状である。これまで、通常の薬物療法に加えて、ロイコトリエン受容体拮抗薬や喘息合併例に対する抗IgE モノクローナル抗体の使用も行われているが十分な検討は行われていない。鼻内視鏡手術を行った術後の再燃を防止する目的で、経口ステロイド薬やセレスタミン(第1世代抗ヒスタミン薬とステロイドの合剤)の投与が一定の期間施行されているのが現場の状況である。
2015年から厚生省の難病疾患のひとつに指定され、その確定診断のためには、1)症状・鼻所見として、早期からの嗅覚障害と両側の鼻に鼻茸が多発していること。2)CT 所見で、中等度以上の篩骨洞陰影(前、後とも)があることと、篩骨洞の陰影が上顎洞の陰影より高度であること、3)末梢血中の好酸球の増多があること。4)術後に鼻茸の再発を容易に認めること、さらに再発した鼻茸の治療でステロイドの経口投与がよく効くことの4つの項目の診断基準がある。
炎症性疾患の亜型に関する分類の試みとして、フェノタイプ、エンドタイプ、ジェノタイプという考え方が出てきて久しい。フェノタイプは臨床症状、血液検査、生理学的検査や画像検査などから見た臨床的表現型であるのに対し、エンドタイプは明確な分子病態に裏付けられた疾患の亜型のことである。一方、疾患感受性などにかかわる場合のジェノタイプという概念は遺伝子多型(SNIP)という言葉で置き換えられる。いずれも各々の疾患の有効な治療法を探索し、現場に提供するという目的で行われている研究の成果として出てきたものである。
島根大学医学部耳鼻咽喉科学講座 教授 川内秀之
略歴:
1979年 3月 山口大学医学部卒業
1979年 4月 九州大学大学院博士課程病理系免疫部門入学
1983年 4月 大分大学医学部耳鼻咽喉科学教室助手
1984年11月 大分大学医学部付属病院講師
1994年 8月 島根大学医学部耳鼻咽喉科学教授
現在に至る
1986年 9月~1988年3月
米国オハイオ州立大学医学部耳鼻咽喉科学講座
耳科学研究室客員研究員
2019/05/09 14:40〜15:40 第1会場