【始めに】耳小骨奇形には様々なバリエーションがあり,術中の対処に難渋することがある.今回我々は比較的まれなキヌタ骨長脚,アブミ骨上部構造および底板の低形成例を経験し,内視鏡下で鼓室形成術を行ったので報告する.
【症例】40歳女性.幼少期より右難聴を指摘されていた.その後右耳鳴を自覚して保存的加療を行うも症状改善がなく当院を紹介受診した.術前の純音聴力検査では4分法で80 dB,気骨導差40~50 dBの右混合性難聴を認めた.チンパノメトリーはAs型だった.CTで明らかなアブミ骨底板の狭小化と上部構造の形態異常を認め,アブミ骨の後上方への偏移と,ツチ骨,キヌタ骨の後方への偏移を認めた.耳小骨奇形が疑われ,内視鏡下鼓室形成術を施行した.鼓室内の瘢痕様病変を丁寧に取り除くと,アブミ骨上部構造とキヌタ骨長脚の低形成を認めたため成形したApaCを用いIVc再建とした.術後経過は良好で,聴力は術後2ヵ月の時点で約10 dBの改善を認めている.
【考察】耳小骨は胎生5~7週に軟骨性耳小骨原基が誘導され,第1鰓弓のMeckel軟膏由来の部分がツチ骨,キヌタ骨上方へ,第2鰓弓のReichert軟骨由来の部分がキヌタ骨下方とアブミ骨上部構造へと発生する(Anson説)ことから,本症例ではReichert軟骨の形成異常が原因と考えられる.耳小骨奇形の分類には本邦で汎用される船坂分類のほか,Sando分類,Teunissen分類等があるが,本奇形はこれらでは分類できない.当科の小島,神崎らは発生学的知見を念頭に新分類を提唱しているがこのような症例で有用である.近年,内視鏡下耳科手術(EES)が急速な普及をみせている.EESは内視鏡の視野角の広さゆえ,最小限の皮膚切開と骨削開で深部の視野を良好に得られる利点がある.重要な構造物を近接して観察できるため本症例のように鼓室内の肉芽や癒着病変など術前画像で十分な情報が得られない対象物を処理する際に非常に有用である.耳小骨奇形はEESの良い適応であると思われた.
2016/06/23 17:30〜18:12 P1群